雪女
時刻は間もなく一七時を回る頃、大地はまたも一人で学校の裏にある崖の上で夕日色に染まる街並みを見下ろしていた。
月日が経つのは早いもので、気が付けば、もう一一月に突入しており、気温も大分秋らしく肌寒くなっていた。
全校生徒たちの制服も、今や夏服から冬服へと衣替えしている。
こうして一年を終えようとするのだな、と大地が黄昏れていると、不意に後方から「こんばんは」と女性から声を掛けられた。
そちらに振り返るとそこにいたのは菅原の友人、金子雪姫であった。
デンジャー! デンジャー! デンジャー!
大地の心の中で警報が鳴り響く。 早くこの(色んな意味で)痛い女性から離れなければと。
しかし、彼女も年頃の乙女だ。 例え興味が無かったとしても、異性から避けられると傷つくに違いない。 そう考えると大地はそこから立ち去ることが出来なかった。
まさか、それを計算して……!? いや、さすがにこの子もそこまでは計算していない筈だ。 こんな時、空がいれば……、いや、あいつがいたらいたでもっとややこしくなるに違いない。
「こんばんは」と大地は考える事を止めた。
こうなればままよ。
彼女が来た影響なのか、風が少し強く、冷たく吹いている。
金子はその風を利用しながら白く長い髪を靡かせ、大地の隣に移動した。
それから暫く、お互いに言葉を発する事はなく、ただ黙り込んだまま目前に広がる景色を眺めていた。
正直、気まずい。 非常に気まずい。 そもそも彼女は菅原と一緒ではないのか? 彼は今どこで何をしている? それより何故、俺の所へやってきた?
大地は一刻も早く、その場から立ち去りたい一心である。
急に冷たくなった風が頬を優しく撫でた。 その感覚が大地の精神を徐々に削っていく。
誰か、助けてくれ……、と大地の切願が叶ったのか、金子がゆっくりと口を開いてきた。
「最近、葵と仲良くしてくれているそうね?」
仲良くしていると言うよりは、空が連れて来るのだがな、とは口が裂けても言えなかった。
「ありがとう」
嬉しそうに、金子は薄ピンクの柔らかそうな唇を横に広げた。
ありがとう? 何が?
そんな大地の心を読み取ったかの様に、彼女は語る。
「彼、友達が少ないから……」
まあ、あんな痛いオーラを発していたらそりゃ友達も余り出来ないでしょうよ、と大地は顔を引き攣らせる。
「貴方の様な存在が、きっと彼の心の支えとなってくれるわ」
「金子は菅原とはどう言った関係なのだ?」
興味本位で思わず聴いてしまった。
「仲間よ」
『仲間』
(ある意味で)予想通りの答えが返ってきて、大地は頭を抱える。
あの様な『異質な存在』には、良い意味で自分たちの様なノーマルな人間の友達がいると言うのは心の支えになるのだろう。
そんなことを思っていると、隣にいる金子が「でも」と言葉を発する。
「これからは私も呼んでね?」
どこか嫉妬にも似た、何とも言えない笑みを向けられ、大地はただただ身体を小さく震わせながら恐怖するのだった。
「あ、ああ……」とどこか生気が感じられない返事をすると、彼女は満足したのか、「またね?」と不敵な笑みを浮かべながら大地の目の前から去って行った。
どうか二度と彼女と会わないことを心の底から願う大地であった。




