お願い! 大地くん!
昼休み。 大地はいつもの三人と一緒に昼食を摂っていた時、その者はやってきた。
「す、すみません!」
声の方へと振り向くとそこには少し緊張した面持ちで両手をモジモジと絡ませながら顔を俯かせているおさげ髪の女の子がいた。
「どうかした?」と空が声を掛けると彼女は肩をビクつかせながらも「に、西野大地くんはどなたでしょうか?」と聴いてきた。
それにより、若干陽子が反応した。
彼女の反応に気付いていない大地は「俺がそうだけど?」と名乗り出た。
おさげの少女は「あ、ああ、あのっ!」と目をキョロキョロと左右に動かせながら中々言えないでいた。
「兎に角、深呼吸して心を落ち着かせるんだ」と月華が促した。
少女は「はいっ!」と声が裏返った返事をしながら深呼吸をした。
一通り終えると彼女はどこか疲れた様子で肩を落とし、気を取り直して大地の方へとまっすぐ見て口を開いた。
「実は、西野くんにお願いがあって……」
「お願い?」と大地は首を傾げる。
「はい、実は……」と彼女は記憶を辿るように要件を述べる。
おさげの少女の話によると、どうやら彼女のクラスに怖い目つきをした生徒がいるらしい。
その目つきと同様、怖い性格をしている訳でもなく、どちらかと言うと真面目で優しい性格をしており、授業の時は決まって一番前の席に座っているらしい。
おさげの少女はそのギャップがツボに入ったらしく、日が経つに連れ彼に好意を抱いていたらしい。
彼女は何とか彼の気を引こうと模索し、今の髪形にして、評価を聞いたのだ。
その意中の彼は、いつもの様な怖い目つきでじっと彼女の顔を見つめ一言、
「醜い」
と確かに口にしたそうだ。
少女は何かが割れる感覚を覚えた。
彼女はそれなりに顔立ち良い方だ。
清楚で可愛らしく、その小柄な身体つきは寧ろ守ってあげたくなる様な衝動に駆られる。
黒く長い髪をおさげにすることでより一層、可愛さが輝いているのが見て解る。
しかし、その彼はそんな彼女を『醜い』と言ったのだ。
例え彼女が自分の好みでなくとも、それは許してはならぬ暴言だ。
それでも、少女は彼の事を諦めきれず、腕に覚えがある大地に女性の好みを聴いてきて欲しいとのこと。
「話は理解した。 行くぞ、空」
大地の言葉に「了解」と空は席から立ち上がり、彼と共にその生徒に会いに向かった。
おさげの少女、和田香代子の教室に移動し、彼女の意中の人と思しき男子生徒、三浦晴文を見つけ、そこへと向かった。
「すまない、君が三浦晴文くんかい?」と大地が声を掛けると、三浦は「あ?」と威圧するような目つきで彼の方へと振り向いた。
そんな彼の顔つきを見て、成る程、確かに怖い顔をしている、と大地と空は思った。
「確かに、僕は三浦晴文だけど、君たちは?」
以外にも顔に似合わず真面目そうな口調で返してきたので大地たちは思わず度肝を抜かれた。
こんな真面目そうな性格をした少年が、果たして本当に香代子に向かって『醜い』と言ったのだろうか?
「俺の名前は西野大地。 隣にいるのは東野院空」と大地が名乗ると三浦は目を丸くして「ああ、君たちが空くんと大地くん?」と聴いてきた。
「俺たちの事を知っているのか?」と空が聴くと、彼は首を縦に振り「君たち二人はこの学校では凄い有名人だよ? 『イカしたバカコンビがやってきた』ってね」と答えたので大地は頬を茹蛸の様に真っ赤に染めて片手で顔を隠した。 空は嬉しいのか頭を掻きながら照れた。
「それより、君と同じクラスの和田香代子と言う女の子を知っているかい?」と大地は恥ずかしさを誤魔化す様に本題に入った。
三浦は「知っているよ。 和田さんがどうかしたの?」と聞き返した。
「三浦くんは和田さんの事をどう思っている?」と言う大地の問いに、彼は顎に手を添えて考え始めた。
「うーん……。 どうって言われても……、とても真面目で、おしとやかで良い人だと思っているよ」
意外な答えに、大地と空は唖然とした。
「彼女から聴いたのだが、自分の容姿について尋ねてきた時、君は和田さんに対して『醜い』って答えなかったかい?」と言う大地の質問に三浦は案の定「ん? ああ、言ったよ?」と悪びれることなく答えた。
対して少し怒りを覚えた大地は拳を強く握りしめながら「何故、そんなことを言ったんだ……?」と低い声音で心意を聞いた。
「いやぁ、僕、目が悪くてね……」
三浦が恥ずかしそうに頭を掻きながらそう答えた時、大地と空は時間が僅かに止まった感覚を覚えた。
ん? 目が悪い……?
大地は三浦とその周りを見渡す。 彼は目つきが悪い。 そして授業はよく一番前の席に座る。 つまり、これは……。
全てを理解した大地と空。
大地が「空」と声を掛けると、空は携帯を取り出し、どこかへと連絡を入れると、ものの数分くらいでSPの様な格好をした一人の男が教室の中に入り込み、手に持っている眼鏡を彼に渡して神風の様に立ち去った。
やはり空の家系はどうなっているのだろうか……?
自分で吹っかけておいてそんな疑問を抱く大地。
「これを掛けろ」と大地は眼鏡を三浦に渡した。
「凄いっ!? よく見えるよ!」と三浦は感動の声を上げる。
それに対して呆れる様に小さく溜息を吐き、空と大地は和田の元へ報告に向かった。
「つまり三浦くんは『醜い』ではなく『見にくい』って言ってたのですね?」
和田の言葉に首を縦に振る空と大地。
三浦の言葉の真意を知り、彼女はホッと胸を撫で下ろした。
「今から会いに行ってみたら!」
陽子の後押しに、和田は首を縦に振り、自分に協力してくれた皆に「ありがとうございます!」と告げて、どこかリズミカルな足取りで教室から去って行った。
その彼女の背中を「上手くいけばいいね」と大地たちは願うのだった。




