不思議な先輩
あの(空の一方的な)ケンカの後、ボロボロになった大地は心配して駆けてきた月華と陽子に「一人にしてくれ」と言って学校の裏にある丘へと向かった。
今日の夕日はいつにも増して赤く燃えている様に見えた。
大地は瞼を閉じてこの日にあった出来事を振り返る。
空は昔からああいう奴だ。 それは中学から付き合ってきた自分が一番解っている筈だ。
そう自分に言い聞かせ、親友への些細な怒りを流そうと試みる。
でも、それでもどこかあれは少々やり過ぎなのではと感じてしまう。
それは自分が未熟だからなのか、自分の心が狭いからか。
思考を巡らせるが答えは出なかった。
七月の生ぬるい風が大地の長い髪を靡かせ、より一層彼の虚しさを際立たせた。
「やあ」
不意に後方から軽い感じに声を掛けられたので大地はそちらに振り向くとそこには何とも言い難い不思議なベールを纏った自分と同じ学校の男子生徒がいた。
切り揃えられた黒い髪、特に変わった顔立ちをしている訳ではなく、その全てを見通す様な鋭利な黒い瞳と病人の様に白い肌にやせ細った身体がやけに特徴的だった。
彼は大地の隣に移動し「ここに同じ生徒がいるなんて珍しいな」と口にした。
見た目に似合わず気さくな彼に大地は思わず瞳を丸くした。
そんな彼の様子に少年は「ああ、すまない」と言って自己紹介を始めた。
「俺は二年A組。 九十九悟だ」
なんと、彼は先輩だった。
大地は少し慌ててペコリと頭を下げて自己紹介した。
すると九十九はクスリと笑い、「そんなに畏まらなくて良い」と大人びた優しい笑みをした。
「西野、今日校庭でケンカをしただろ?」
「見てたのですか?」と大地は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
「ああ、廊下の窓辺で生徒会長の神藤進がお前ら二人の様子を見ていたからな」
生徒会長、見ていたのなら止めに入れよ。 と思ったがきっと自分たちの気持ちをくんで見守ってくれたのだろうと大地は考えた。
「楽しそうに」
前言撤回。 生徒会長はクソである。
「どうしてあんな事になったんだ?」と言う九十九の問いに、大地はどう説明すれば良いか解らなかった。 説明したとして、そんな荒唐無稽な話を信じて貰えるかどうか。
しかし、このまま自分の中で溜め込むのも良くはないと感じ、「信じて貰えないかもしれませんが」と言う前置きを言って今日の出来事を彼に話した。
それを聞いた彼は「へぇ……」と珍しい話を聞いた様な素振りを見せた。
「そんな話、実際にあるんだな」
「信じてくれるのですか?」
「信じるも何も、お前がそんな下らない話をする男じゃないと言うのは一目見て解るからな」
九十九の意外な答えに大地は少し驚くが、同時に救われた気持ちにもなった。
今まで空に悩まされている事を他人に話しても信じて貰える事は無かったからである。
故に彼の言葉は嬉しかった。
「どうしてあんな事をするか解りますか?」
「そうだな……。 俺から見た東野院はただ純粋に『面白い』事をしたかったのだと思うぞ?」
大地は唖然とした。
一目見ただけで親友の特徴を言い当てるとは……。
きっとこの九十九悟と言う男は人を見る才能があるのだろうと大地は深く関心した。
「西野と東野院は関係が長かったりするか?」
その質問に大地は「えぇ、まあ。 中学の頃の付き合いですし」と苦い笑みを浮かべる。
対して九十九は「そうか。 ならきっと大丈夫だ。 長い付き合いをしている友人が近くにいると言う事は案外心強いものだぞ? きっと東野院はお前に特別な感情を抱いている。 今日の過ちを理解して、きっとお前に頭を下げに来るさ」とどこか先を見通す様な目で言った。
「そうですかね……」と大地はどこか信じられない様子で呟いた。
すると、「大地」と聞き慣れた声が後方から耳に入りこんできたので大地はそちらに目を向けた。
声の主は空だった。
少し嬉しくなるもすぐにいつもの仏頂面に戻し「何だよ」と素っ気ない感じで景色の方へと顔を向けた。
「すまなかった……!」
彼のその言葉に、大地は一瞬耳を疑った。
空が……、謝った……?
大地は空の方へと振り向くと、彼は確かに頭を下げていた。
「俺、浮かれていたよ。 お前と同じ高校通えて、新しい友達も出来て、これからももっと『面白い』事をしようって」
空は頭を上げて大地の瞳を捉え、どこか後悔したような笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「でも、今日空回りしたんだよな。 あの行為は余りにも酷かったなって思っている」
だから、と空はもう一度頭を下げて「ごめん!」と謝罪した。
そんな彼の姿に大地は目に焼き付け、「もう二度と、俺に頭を下げるような真似はするなよ?」と少し無愛想っぽく言った。
パアッと空の顔が明るくなる。
「おうよ!」と空は勢いよく大地の肩に自分の腕を組んだ。
その様子にやれやれと溜息を吐く大地は九十九の存在を思い出し、彼の方へと身体を向けたがそこには誰もいなかった。
いつの間に消えたんだ? と周囲を見渡す大地に「どうした?」と空が問いかける。
「ここに先輩がいなかったか?」と言う大地の言葉に「いや……、誰もいなかったけど?」と意外な答えを返す空。
それにより大地は少し何とも言えない寒気を感じたのだった。
空と大地が肩を並べて丘から離れて行く姿を九十九悟は学校の屋上で見下ろしていた。
どうやら仲直りを果たせたようだな、と笑みを零してその場から立ち去ったのだった。
「これにてカウンセリングを終了する」




