3.メールアドレス
3.メールアドレス
神崎に認められたあの日から、俺の猛アピールが始まった。
最初の方は休みの日に一人で行ったりとしていたが、そろそろ一人で行くのも辛くなってきた。学校がある場合、昼を校外で取ることは難しい。なら夜に行くしかない・・・そう考えた俺は、友人を誘い、直さんの店を訪れていた。
「珍しいな、お前がメシ食いに行こうなんて。おまけにこんな料亭とか・・・」
「あぁ・・・たまにはいいだろ?」
度のきつくない酒を喉に流しながら笑うと、中学校からの友人の不二はニヤリと笑った。
「んで?」
「・・・ん?」
嫌な笑みを浮かべ、俺の方に顔を近づけてきた不二に、俺は内心舌を巻いた。
・・・こいつは中坊の時から勘が鋭いかったよな・・・そのお陰で嫌な思い出が絶えなかったっけ・・・。ぁあ・・・思い出すだけでも寒気がする。
俺が微かに体を震わせると、不二は一層二ヒルに笑った。
「だ〜か〜ら〜何で俺を呼んだんだ?」
「・・・・・・そ、それは・・・」
こいつは俺が呼んだ理由を知っていて、聞いてくるから性質が悪い。俺が言いよどんでいると、不二はニッと笑った。
その笑顔はニヒルなものではなく、純粋で歳相応・・・って言うのはおかしいかもしれないけど、自然な笑顔だった。
「ハハハハハ!お前が俺を呼ぶ時はだいたい恋の悩みを抱えてる時だ。・・・な?今度はどこのどいつだ?」
「・・・・・・お前、絶対楽しんでるだろ?」
「あん?・・・・・・・・・・・・・・・・・・ンな訳ねぇーよ」
「・・・その間が怖ぇよ」
「ハハッ!まぁ、いいじゃねーか。・・・で?誰?年上?年下?女?男?上?中?下?」
「・・・いやいやいや・・・ちょっと待て、今明らかにおかしいもんあったろ・・・」
ブンブンと顔の横で手を振って見せると、不二は楽しそうに笑い、正面に座っていたのにわざわざ俺の隣にやって来て、肩を組んだ。
「ほらほら・・・吐いちゃえって」
「お前は・・・」
「質問に乗ってやるにも、相手がどんなか聞かなくちゃ分かんねーだろ?ん?ん?」
「・・・だぁぁあああぁあ!!ちゃんと言うって!」
肩に乗っかるようにして迫ってくる不二から逃れ、俺は不二が座っていた方の席に着き、すうっと深呼吸し、口を開き・・・
「失礼します」
・・・直さん???!!!
個室の障子を引き、中に入って来たのはまさに今、俺が話そうとした人物だった・・・。
「す、直さん・・・」
「あ、追川先生いらっしゃいませ。・・・そちらの方は初めてですよね?ようこそおいで下さいました。本店の女将、垣ノ内直と申します」
「あ、どうも。俺はこいつの友人の不二慎介って言います」
ぺこっと頭を下げた不二に、直さんは薄く笑う。・・・その事にさえ、嫉妬してしまう俺は・・・よほど直さんにはまっているのだろう。
自嘲気味に笑っていると、
「!!?」
直さんの顔が目の前にあった。
ビクッと肩を上下させ一歩後ずさると、直さんが困ったように苦笑いを零した。
「大丈夫ですか?追川先生」
「え・・・あ、はいっ」
「・・・お疲れですか?」
「い、いえ!大丈夫です」
「そうですか?・・・・・・ならよかった」
「っ・・・」
ふにゃりとした笑顔を向けられ、顔に熱が集まっていくのが分かる。それと同時に心臓が激しく動き出し、息をするのさ辛い。
・・・そんな俺を見て、不二がニヤァーと厭らしく笑った。
「・・・・・・・・・・ハァ〜ン」
「ん、んだよ・・・」
「あぁ、いい、いい。誰なのか分かっちゃったから」
俺が紅く染まったままの顔を向けると、不二はぷらぷらと手を振り、知らん顔して酒を飲み始めた。
俺がどうしようかとアタフタしていると、直さんも俺と不二を見比べ、アタフタとし始めた。
二人でアタフタしていると、一人平静を装っていた不二が笑い出した。
「・・・くっ・・・くくっ・・・くくくく」
「「?」」
「・・・ブッ!アハハハハハ!!あ〜マジ、ウケるよ!追川も直さんも天パリ過ぎだろ〜!!あ〜もぉ、腹痛ぇーよ!!」
ゲラゲラと一人腹を抱えて笑い出した不二を見て、俺と直さんはポカーンとしていた。けど次の瞬間、
「・・・プッ!フフ・・・アハハハハ!」
直さんも笑い出した。
口元に手を添え、最初は上品に笑っていた。でもすぐに無邪気な笑みに変わって、俺も二人につられるように笑い出した。
「・・・ハァ・・・あ〜よく笑った」
「本当に。こんなに楽しかったの、久し振りだわ」
俺が笑いすぎて途切れがちになった息を戻しながら言った言葉に、直さんが笑顔で言った。それも・・・普段使わないタメ語で。
それは不二も気付いたらしく、ニコッと笑いながら直さんに言った。
「直さん、やっぱり敬語使わない方がいいですよ」
「・・・え?あ、やだ・・・私ったら・・・」
「俺もそっちの方がいいと思いますよ」
「・・・そう、ですか・・・?」
「はい。あ、俺達の前限定でいいんで、敬語、やめて下さいよ」
不二の言葉に俺も頷くと、直さんは了承してくれた。
俺は小さく笑顔を零し、直さんに声をかけた。
「・・・・・・・・・・・・あの、直さん」
「は・・・じゃなかった、何?・・・でいいのかな?」
照れたように笑った直さんに、俺は自分でも驚くような事を尋ねていた。
「・・・・・・・・・メルアド、教えてもらえませんか?」
「「!!」」
直さんはもちろんの事、不二まで驚いて目を瞠っている。それもそのはずだろう・・・俺は恋愛には超が付くほど臆病で、自分からメールアドレスを聞くなんてもっての他。
・・・でもそんな事かなぐり捨ててでも、直さんに俺を見て欲しかった・・・。
「えと・・・」
「・・・・・・・・・(へぇ・・・追川にしては積極的じゃん)」
戸惑っているのか、それとも教えようか考えていかのような直さんを、じっと見据えている俺を視線の端に捉え、不二はピュ〜と小さく口笛を吹いた。
「「「・・・・・・・・・」」」
誰も口を開かずに、すでに何分が経ったんだろう・・・いや、実際は一分にも満たない時間なんだろうけど、俺にはあまりにも長い時間に感じた。玉砕覚悟で言った言葉・・・でもそれが俺と直さんとの距離を、ほんの少しでも縮めてくれるまで・・・あと少し。
「・・・え、と・・・いい、ですよ」
悩んだ末の結論だろうが、直さんははにかみながら、俺にそう言った。耳に届いたその言葉に一瞬息を吸うのも忘れ、俺は頭の中でその言葉をリピートした。
そして言葉が理解できると、
「・・・っ本当ですか?!」
満面の笑みで、子供みたいに無邪気に、俺は笑った。
そんな俺に直さんは笑って頷き、悪戯っ子のような顔をして・・・他のお客様には内緒ですよ?と、そう言った。
俺は笑顔で頷き、不二に視線を向けた。
不二は自分の事のように、笑顔で俺によかったなと・・・言ってくれた。
「それじゃ・・・携帯今持ってないから、追川先生のアドレスを教えてもらえる?」
「あ、はい!」
俺は自分のアドレスと、電話番後を紙に書き、直さんに渡した。電話番号は・・・もしよければ掛けて欲しいなという、淡い願望を込めて、書いたものだった。
紙を渡す際に、微かに触れた指先にさえ、意識がいってしまう。そんな些細な事でさえ、喜んでしまう単純な自分に呆れ、自嘲してしまう。
「・・・はい。分かりました。んーと・・・10時辺りから休憩、取れるから・・・その時にメールするって事でいいかな?」
俺の渡した紙を片手に首を傾げた直さんに、俺は笑顔で頷いた。それに直さんも笑顔を見せてくれ、そろそろ戻るねと言葉を残し、去って行った。
「・・・・・・はぁあぁぁあああ」
「ハハ!お前にしては頑張ったな!」
直さんが去ると同時に、俺は大きく息を吐き出した。不二は満面の笑みで俺の隣に来て、肩を抱きながら酒を注いでくれた。
「お疲れさん。ま、飲め飲め」
「・・・ありがとな、不二」
「ん?・・・おぅ!」
いくら腹黒くて、勘が鋭くて、扱いにくい友人でも・・・俺は相当こいつの事を信用しているんだなと、改めて思わされた。
それから数時間して、俺たちは店を後にした。真っ直ぐに帰ると言った俺と、寄り道してから帰ると言った不二は店の前で別れ、俺は急ぎ足に家に戻った。
家に戻った俺は急いで風呂に入り、携帯片手にベッドに正座し座っている。
すでに時刻は10時を過ぎていて、俺の心臓は破裂しそうなくらい高鳴っていた。
・・・あぁ〜、ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!マジで心臓破裂しそう!!
俺が携帯を両手で握り締め悶えていると、
「っうぉお!!」
携帯がなり始めた。ディスプレイを見ると・・・知らない番号!直さん!?
「はっ、はぃ!!」
緊張と、焦りと、喜びと・・・すべてが入り混じった俺の感情は、声を裏返すという表現で、表に出てしまった。
うぅ、声が裏返った・・・直さんに情けな・・・
『ハハハハハハ!!お前っ、声裏返りすぎ!!』
・・・ってお前か、不二ぃぃぃいいいいぃぃぃい!!!!!!
「てっめ!俺今真剣に恥ずかしかったんだけど?!それにめっちゃ勇気いったぞ?!」
俺が泣きそうになりながらそう言うと、不二は軽やかに笑い、携帯変えたんだと言った。
「んな事知らねーよ!今度掛けてこいよ!」
『いや〜もぉーメールあったかな〜と思ってさ』
「っ・・・」
不二の言葉は、俺の心を抉った。直さんにアドレスを渡した、と言う事は・・・俺からは連絡を取れないって事を意味している。直さん次第で・・・俺のこの想いは、報われるか報われないかが決まる・・・。
『・・・ふむ。その調子じゃ・・・まだ来てないみたいだな』
「・・・・・・・・・あぁ」
電話越しに聞こえる不二の声が、冷たく感じたのは、これが初めてだった。
『んで?お前はもうこないと、思い込んでいると?』
「・・・っ」
呆れたように言われた言葉に、俺は顔を歪め、言い返そうと口を開いた時、不二がなおもこう言った。
『・・・あのさ〜気休めにしか聞こえないかもしれないけどさ、お前、いい男だよ』
「うぇ?!」
怒ろうとしたのも忘れ、俺は不二の言葉に盛大に顔を歪めた。それは電話越しでも分かったのか、不二が楽しそうに笑った。
『んなに嫌がんなって。俺は事実を伝えたまでだよ。・・・ま、頑張れよ?そろそろメール、くるかもしれないから切るぞ?』
「・・・・・・・・・あぁ」
今初めて、何で不二がこんな時間帯に電話してきてくれたのか、その意味に気付いた。
不二は俺をからかう事で、俺を勇気付けようとしてくれたんだろう。不器用な優しさに、俺は微かに頬を緩めた。
じゃあな、後でアドレス送るから。そう言い一方的に不二は電話を切った。俺も電話を切り、壁に掛けてある時計に目を移した。
「(・・・10時15分か・・・不二に励まされちゃったんだし、希望は残しておかなくちゃな・・・)・・・はぁ」
俺は本日何度目になるか分からないため息を吐き、ベッドに大の字で寝転がった。右腕を額に乗せ、明かりの眩しさに目を細める。
「・・・・・・・・・あ、ヤベ〜な・・・寝そう・・・」
瞼が段々と重くなってきた。ベッドに寝転んだのが失敗だったかな、なんて頭の片隅で考えながらも、体を動かしのも面倒になってきた・・・。
もう・・・寝てしまおうかな・・・。
そう思ったのと同時に、
「・・・ん?」
携帯が鳴った。今度はメールがきた事を伝える着信音。
「・・・あぁ、そう言や・・・不二がメール送ってくるって、言ってたな・・・」
思い左腕をゆっくりと目の高さに上げ、画面に映っている新着メールを選択した。カチャカチャと睡魔と闘いながら携帯を操作していた俺は、本文に目を通していた。しかし次の瞬間、大きく目を開き俊敏な動きで起き上がる事となった。
何故なら、
「・・・・・・直、さん・・・」
メールの差出人が直さんだったからだ。
「・・・嘘だろ・・・マジで?!」
俺はピョンッと、さっきまで体が重かったのが嘘かのような動きでベッドから飛び降り、喜びに震える声で、メールを読んだ。
「『こんばんは、直です。遅くなってしまってごめんなさい。やっと休憩に入れたんですよ。先生はもうお休みかしら?起こしてしまったならごめんなさい。いつでも連絡してきてくださいね』・・・・・・・・・よっしゃぁぁあああぁあ!!!!」
グッと拳を握り、俺は夜中にも構わず大きな声で叫んでしまった。もうこないんではないか・・・そう思っていたからこそ、喜びは大きかった。
「うわぁ〜うわぁ〜うわぁ〜!!めっちゃ嬉しい!!うわぁ〜!!」
メールを何度も読み返し、俺は幸せを噛み締めた。今まで生きてきて、こんなに嬉しかった事はあっただろうか・・・?
「何て返せばいいんだろ?うわぁ〜・・・どーしよ!悩むなぁ!」
口ではそう言いながらも、俺はきっと満面の笑みを浮べているだろう。
「やっぱここは無難にメール送っとくか!」
メール一件送るのに、ここまで緊張した事も、きっとこれからの人生・・・ありはしないだろう。たかだか数行の文を打つ為に、俺は5・6分もかけてしまった。
そして送信ボタンを押すのにさえ、1・2分・・・いや、もしくはそれ以上の時間、悩んだかもしれない。まぁ、結局は送ったんだけどね。
それから数回、直さんから返信が来た。その度に俺は飛び上がって喜び、自分でも単純な奴だ思いながらも、幸せを噛み締めた。
その日の夜は、すっかり目が覚めてしまって眠れず・・・興奮冷め止まぬまま不二に電話し、うるさいと怒られた。
ほんの少し、本当に少しの距離かもしれないけど、アナタとも距離が縮まった気がした。
嬉しくて、幸せで・・・あの時の俺はまだ気付いてはいなかった。
その幸せが、長くは続かない事を。
気付く術もなかった・・・いや、もし気付いていたとしても、俺は目を瞑っただろう。
今手の中にある幸せを、失いたくなくて・・・。
この度も長々と読んでいただき、ありがとうございました。
これからも頑張っていくので、ご支援のほど、よろしくお願い致します。
また、感想・意見・誤字脱字等々・・・ありましたらぜひと仰って下さい。