2.再会
「・・・はぁ〜・・・」
今日の授業も終え、俺は職員室で荷物をまとめ終え、深くため息を吐いた。時刻は19時を回っていて、職員室はがらんとしていた。そんな中、俺のため息は響いた。
(・・・そーいや・・・最近良くため息してるな・・・俺)
ぼんやりとそんな事を思い、ふと浮んだ顔に、頬を緩ませた。
最近行っていない、こじんまりとした料亭。そこの女将、直さんの顔が・・・俺の頭に浮かんでは消え、浮んでは消える。
持て余し気味の想いの答えに、俺は気付いている。でもはっきりと、それを認めたくないのか・・・俺は目を逸らそうとしている。
(・・・直さんに、恋・・・。馬鹿馬鹿しい、よな)
緩んでいた頬をパンパンと叩き、鞄を肩にかけ立ち上がる。
それと同時に、背後から声をかけられた。
「あっ、先生まだおった〜!」
「ん?」
振り返った先にいたのは、俺の担任するクラスの隣の教室の生徒・・・神崎玲だった。俺は時計に視線を向け、首を傾げながら神崎を見た。
「神崎・・・お前まだ残ってたのか?もうとっくに下校時間過ぎただろ?」
「先生勘違いしとるよ〜。うちはさっさと帰ったんよ!偉いやろ!」
ふふんと胸を張って笑う姿は幼くて、俺は小さく笑った。
ん・・・?ちょっと待て・・・ならなんでさっさと帰ったはずの神埼が・・・、ここにいるんだ?
「それはね〜」
あ、声に出してたのか・・・。間抜けだな〜俺。・・・まぁ、いいけど。
自己解決した俺は学校にいる訳を話そうとする神崎を連れ、職員室を出た。だってほら、他の先生の邪魔になるし?
「・・・んで?何でいるんだ?」
改めて聞いてみると、神崎はにっこりと笑った。・・・ん?この笑顔・・・誰かと・・・。
「玲!」
「あ、母さん!」
聞こえた声に、神崎は一層顔を輝かせ、俺の後ろにその笑顔を向けた。俺の耳にも届いたその声は、依然一度聞いた事があって・・・ゆっくりと振り返った俺の目に見えたのは、
「・・・・・・直さん・・・?」
困った風に笑う、彼女の姿だった。
俺の呟きが聞こえたのか、神崎は俺と直さんを交互に見比べ、不思議そうな顔をし、直さんは顔を輝かせた・・・ように、俺には見えた。
「あら・・・こんばんは、追川先生」
「こ、こんばんは・・・」
しどろもどろになりすぎた・・・。
そう思い頬をかいた俺に、直さんもクスクスと笑った。その顔を見て・・・俺は胸の奥が締め付けられるのを感じた。ぎゅっと・・・心臓を鷲掴みされるようなこの感じ・・・俺は、知っていた。以前にも感じた事のある、恋の、痛み・・・。
痛みに、脳が警告を鳴らす・・・。この想いは気付いてはいけない。決して報われる事のない恋なのだからと・・・。
でも俺はきっと、アナタに恋せずにはいられないんだろう・・・。
「なんや・・・母さん、先生の事知っとったん?」
「うん。前に話したやろ?」
「・・・あぁ〜!お店に来た若い先生って追川先生の事やったん?」
俺が直さんへの想いを確信した間にも、二人は笑顔で会話を繰り返す。そんな二人を見て、俺はふと疑問に思った事を、口にしてしまった。
「・・・二人は親子、なんですよね・・・」
「?ええ、もちろんよ」
「めっちゃ仲えーやろ!」
「・・・その、苗字・・・が」
その言葉を口にして、俺は後悔した。
何故なら・・・、
「・・・・・・玲は、父親の姓を名乗ってますの。私は旧姓ですけどね」
直さんが辛そうに、哀しそうに顔を歪めたから。
それを見て、俺は彼女がまだ・・・夫の事を忘れられていないと言う事を、悟った。出来る事なら、気づきたくなかった。・・・勝ち目がない事を、思い知らされたくなかったんだ。
気まずい空気が流れ、俺はどうしたものかと思考をめぐらせた。しかしその沈黙はすぐに途切れた。
真っ先に口を開いたのは、神崎だった。
「母さん、今日はお店に行かんのやろ?」
「え・・・あ、うん」
笑顔で切り出された言葉に、直さんは戸惑いがちに言葉を返し、俺も何を言い出すのかと神崎に視線を向けた。
「それじゃ先に車に戻っててや。ウチ先生に提出物出していくから!」
「あ・・・そう?それじゃ先に行ってるね?」
「うん」
「・・・それじゃ追川先生、失礼しますね」
「え、あ・・・はい」
微かな笑顔に胸が締め付けられる。喜びよりも、先程の自分の言動からの罪悪感がまし、まともに顔が見れないまま・・・直さんの背中を見送った。
「・・・先生」
神崎の声が聞こえ、俺は幾分か低い位置にある神崎の顔を見下ろした。俺を見上げてくる彼女の瞳から読み取れるのは・・・微かな怒り。
「・・・あぁ」
「真剣に、答えてや?」
「・・・分かった」
普段ならこんな子供の言葉に、こんなに真剣に頷いたりしなかっただろう。でも頷いてしまったのは、あまりにも神埼が真剣だったから・・・。
「先生は、母さんが好きなん?」
周りに聞こえないように声を抑えて言われた言葉は、俺の予想内で、その言葉にしっかりと頷いた。
「あぁ」
「でも、母さんは・・・」
「分かってる。・・・旦那さんの事、忘れられないんだろ?」
「・・・そや」
「それでも俺は、直さんが好きだよ」
子供に・・・それも自分の生徒に、何故こんなに真剣に自分の想いを話しているのだろう。
そうは想いながらも、俺の口は勝手に・・・直さんへの想いを綴っている。
「年下の、どこの馬の骨かも分からないような男を・・・直さんが相手にしてくれるはずがないってのは分かってる。・・・でも、どうしようもなく彼女の事が好きなんだ・・・。知り合って間もないし、まだまだ信用を置いてもらえるほどまでいってないは分かってる。でもせめて、チャンスくらいくれないか・・・?」
真っ直ぐに神崎を見つめ、言った言葉に、嘘はない。それは神前にも伝わったのか・・・深いため息をつき、俺の胸に一枚のプリントを押し付けた。
「ぁ?」
「提出物。遅れてごめんなさい」
「あ、ぁあ・・・って、おい!神崎!」
俺がプリントを受け取ると同時に、神崎は走り出した。俺が慌てて後を追いかけようとすると、クルリと振り返って、笑顔を見せた。
「せんせー!母さんの事、頑張ってみればえーよぉ!!」
「!!」
「一筋縄ではいかんと思うけど、先生になら・・・母さん任せられると思ったで〜!それじゃあね〜!!」
大きく手を振りながら再び駆け出した神崎の背を、呆然と見送り、神崎の言葉を頭の中で繰り返した。
・・・・・・・・・つ、まり・・・神崎には、認められた・・・っと・・・。
「・・・・・・・・・っしゃ!!!」
グッと拳を握り、俺は喜びを噛み締めた。まだ彼女の娘に認められただけ。でも・・・あの人を振り向かせる為の舞台には、上がれた。
「絶対に・・・あの人を幸せにしてみせる・・・」
俺の呟きは誰の耳に届く事無く、空気に溶けていった。
あの頃の俺はまだ、アナタを少ししか理解できていなかったと思う。
それなのに一人前にアナタを好きだといい、アナタをよく困らせた。
だからこそ、今ならはっきりと言える。
・・・俺は、アナタの事を・・・心の底から愛しています。
今回も長々と読んでいただき、ありがとうございました。
前回同様感想・意見・アドバイス等々・・・ありましたら是非とも仰って下さい。
これからも頑張っていきますので、よろしくお願い致します。