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優しい恋人  作者: 久乃☆
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第九話 最後のデート

 ケイタイが鳴る。


 雑踏の中で、右手に握り締めたケイタイが、けたたましく鳴り響く。


 エリカは無造作にケイタイを耳に当てた。


 冷たい機械から流れてくる、聞き覚えのある声。


 信二だ。



『エリカぁ、今暇なんだけど、空いてるかぁ?』


(この前は、会いたいと泣きついてきたのに)


『友達と出る約束だったんだけどさぁ、ヤツがデートだとさ。冗談じゃないよな、全く』


(ちょっと相手をしてやれば、自分のものと勘違いする)


『で、暇になっちゃったわけだよ』


(馬鹿な男)


『エリカ、空いてるだろ?』


(その決め付けは何?)


『なぁ、会おうぜ』


(こんな軽薄な男だったの?)


『何とか言えよ』


(美和の男は、こんな馬鹿な男だったの?)


『なぁ、Hしようぜ』


(結局、こうなるんだ。手に入れたものは何をしても良いって……)


『分かったわ』



エリカの声が明るく応える。



『私も会いたいから、迎えに来て頂戴!』


『おお、今すぐ行くからよ』



 場所を確認すると電話が切れた。まもなく信二が尻尾を振ってやって来るだろう。


 エリカはケイタイを静かにしまうと、雑踏の中で、ある一点を目指して歩き出した。


 信二との約束の地点へ。

 



 間もなく信二の姿が見えてきた。


 迎えに来るといっても、所詮は貧乏学生だ。格好良く車で登場というわけではない。


 以前は、遠くから歩いてくる姿が格好良く見えたものだ。


 それは、美和の恋人だったからなのかもしれない。


 自分の物となれば、全てが色褪せる。


 もともと、好きで付き合ったわけでもないのだ。


 好きで、愛し合っての事ならば、きっとどんな状況でも受け入れられることだろう。



「よう、エリカ。お前のことが忘れられなくてさぁ」


「そう、私は忘れてたわ」



 一瞬、信二に焦りが見えた。



「な・何言ってるんだよ」


「日本語」


「違うだろ! まぁ・まぁいい。どこへ行きたい? すぐにホテルか?」


「そんなお金あるの?」


「バイト代が入ったんだよ」


「そう、だったらくだらないことに使わないで、大事に取っておいた方が良さそうね」


「何言ってるんだよ、さっきから」



 信二の手がエリカの肩に置かれる。


 その手を汚いものででもあるかのように、エリカの冷ややかな視線が捕らえた。



「どけてくれないかしら?」


「はぁ? 何が?」


「分からないの? その手をどけてって言ったのよ」



 エリカの迫力に押される感じで、信二の手が離れた。


 次の瞬間、エリカの口から信じられない言葉が飛び出した。



「別れよう、信二」


「な……何言ってんだよ」


「別れようって言ったの」


「お、俺……お前の為に」


「私の為に何? 私の為に美和と別れたとでも言うの?」


「あ、ああ、そうだよ!」



 行き交う人が、激高する男と冷静な女の口論を面白そうに、横目で見ながら通過して行く。



(惨めな男)


「信二は自分の意思で別れたんでしょ? 美和を泣かせたんでしょ?」


「お前が俺に色目を使ってきたからだろ!」


「色目? 何のこと? 私は一度でも好きだって言った?」


「そ……りゃぁ」


「言ってないわよね。言うはずないのよ」


(言わなくたって、あんたの方から寄ってきたんだから。男なんてみんな同じよね)


「何で別れるんだよ」


「……好きな人が出来たから」


(嘘じゃないわ。もうすぐできるんだもの)


「……え? 俺は……俺は何だったんだよ」


「貴方にとって、美和は何だったの? 同じよ」


「そいつ誰だよ」


「誰だっていいでしょ」


「その位、教えたっていいだろ」


「……健斗、笠井健斗。三年生よ」


「三年の笠井健斗……」



 考え込んだまま動けずにいる信二を置いて、エリカが歩き出した。



(これで終わり。あんなつまらない男の為に、振り回されるなんて有り得ないわ!)



 エリカはぐっと顔を上げると、視線を上へと向けて歩き出した。


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