第八話 コンプレックス
中学、高校、大学。
エリカと美和はいつも一緒だった。
エリカは誰とでも仲良くなれて、花のような少女だった。その逆に美和は冴えない、暗いイメージの少女。クラスの誰もがエリカと友達になりたがった。かといって、美和が除け者にされたわけでは無く、エリカが秀でていただけのことだ。
ただ違っていたのは、エリカの内にある、くすぶった想いだった。
それは誰も知らない、知るはずの無いコンプレックス。
全てのことで美和よりも上回っていながら、たった一つだけどうにもならない事があった。美和にあって、自分に無いもの。
中学生の頃は訳も分からず、美和に嫉妬した。そのため、美和に好きな人が出来ると横取りしてきた。美和が幸せな顔をすることが許せなかったのだ。
高校のときに、その想いが何なのか理解できるようになってきた。
それゆえ、苦しみもした。
何とか自分も美和と同じになりたいと努力もしたが、心の根底に根付いた感情は変えることが出来なかった。
そして、今もそのコンプレックスはエリカを支配し、美和の幸せを妨害しようと企むのだ。
そのコンプレックスとは、誰もが持ちうる素直な心。
中学生の頃から、美和は何でも素直に信じてきた。疑うということがなかったのだ。その反対に、エリカは何事も疑ってきた。どんなに優しくされても、裏切られることを恐れてきたのだ。
そんな自分が嫌いで仕方なかった。
何事も信じて疑わない美和、自分の持っていない綺麗な心を持つ美和が許せなかったのだ。
そして今も、その気持ちが変わることは無い。
美和が幸せそうに笑っている今、心の奥底に嫉妬の炎がくすぶりだしている。
(美和、あんたに幸せな顔なんていらないのよ!)
「あの日から毎晩来てくれるの」
「ふーん、そうなんだ」
笑顔で話を聞く。
「最近はね、私の手料理を食べて帰るのよ」
「そう、信二君の時も料理で釣った(・・・)んだよね」
「え、やだぁ。釣るだなんて」
笑顔の下の本音。
けれど美和には、エリカの本音が見えていない。
(でも、本当じゃない。胃袋を握った者が勝つって言うわ。汚いやり方よね)
「美和は料理が上手だから」
エリカが笑顔を向ける。
「エリカだって、モテモテじゃない」
(当たり前よ。努力の仕方が違うわ!)
「そりゃぁ、美和よりはもてるけど、本命がいないのが辛いわね」
「エリカも一人の人に決めればいいのに」
美和の視線がケイタイに移る。
「あー、買い物に行く時間が無くなっちゃう! ごめーん、今日は帰るね」
美和が席を立ち、片手をひらひらと宙で泳がせながら、ドアから出て行った。
残されたエリカも美和同様、片手を宙に泳がせたが、美和の姿が店外に消えると、その手を強く握り締めた。
「あら、エリカちゃんが残るのって珍しいね」
ウェイトレスがコーヒーカップを下げに来たが、エリカの表情の険しさに思わず口を閉ざさざるを得なかった。




