第七話 嫉妬
言葉の通り、毎晩美和の部屋に健斗はやって来た。
始めのうちは、健斗が持ってくるファーストフードや弁当を二人で食べたが、最近は美和の手料理が健斗を歓迎するようになっていた。
とはいえ未だ進展は無く、部屋に来て二~三時間の会話を楽しんで帰って行くのだ。
それでも美和は嬉しかった。
健斗が来ると思うと料理をするのも楽しくて、ついつい作り過ぎてしまう。
そんな心の変化に、美和自身勝手なものだと、つい笑ってしまう。
これが、健斗の言う『先に会う人のことを考えて』の心境の変化なのだから、これはこれで良いのだと自分に言い聞かせている。
『先に会う人』
もはや、出会っている人なのかもしれない。
自分の中に新たな恋心が芽生えだしていることを、否定出来なくなっているのだ。
「美和ぁー」
背後から元気な声が聞こえてきた。振り返ると遠くの方でエリカが手を振っている。美和も大きく振り返した。
キャンパスの中、あちらこちらに木々が目立つ。高校と違って、構内がやたらと広い。その広い構内をひらひらと蝶が舞う様に走ってくるのだ。まるで、エリカの周りだけが春のようだ。
「あー、疲れる。歳ねぇ」
美和の元に着くと、腰を曲げて呼吸を整える。
「高校生の時は、このくらい走ったってどうってこと無かったのに」
確かにそうだ。あの頃は体育の授業があった。通学に自転車を使って、毎日走り回っていた。それが今は、自転車どころか走ることすらしなくなったのだから、体力が落ちるのも当然というところだろう。
「エリカ、講義中だったんじゃないの?」
「そうなんだけどさぁ」
二人、肩を並べて歩き出す。
「あの授業詰まんないから、途中で抜けてきちゃった」
「そんなことしたら後で困るよ」
「大丈夫よ。ノートは隣の男子に頼んだから」
「バイト?」
「私がぁ? そんなバイト頼むわけないじゃない!」
構内ではそういったバイトが横行している。授業を抜け出したい生徒が、バイト代を払ってノートのコピーをもらうのだ。
「じゃぁ……」
「うん、デート1回で手を打った!」
「デートって」
「一緒に映画見て、ご飯食べてにっこり笑ってあげればいいんじゃない。複数で行動するか二人かの違いだよ」
「考え方としてはね」
「深く考えなーい」
深く考えない。それが、エリカ流なのだ。
「ねぇ、コーヒー行こうよ」
「いいけど、あまり時間は無いわよ」
「えー! 何でよ!」
「それは……」
大学構内から出ると、大きな道路に面している。右に行っても、左に行っても学生がたむろするにはちょうど良い店が多数ある。
二人はどちらに行こうか迷ったあげく、右へと足を進めた。左に行けば学生の他にも、大学関係者に出会う事が多くなるからだ。右に行けば、学生しか出入りしない店がほとんどだ。しかし、学生相手の低料金を謳っているだけあって、店内はお世辞にも綺麗とは言えない。
右に曲がって4~5軒先のコーヒー館のドアをくぐった。
店内に入ると、店構えの割にコーヒーの良い香りが漂ってくる。
「いらっしゃい、エリカちゃん。今日は早いじゃない」
ウェイトレスの女性が声を掛けてくる。
「面倒だから、抜けてきちゃった」
そう言いながら、小さく舌を出してみせる。
「あーらら、親からのお金で学生してるくせに、そんなことしてぇ。親が知ったら泣くわね」
「だから、知らぬが花って言うんじゃない」
ウェイトレスは「しょうがないなぁ」と言いながらも、笑って注文をカウンターに通した。
「で、何で時間が無いわけ? 今までは一緒に暇だったじゃない」
「一緒に暇って言われても……実はね」
テーブルの片隅に追いやられているナプキンを、指先ではじきながら、美和は嬉しそうに、思い出し笑いを隠せなかった。
「気持ち悪いわよ! 思い出し笑い?」
「だって……エリカ言ったじゃない。運命の人って」
「ああ、運命の人ね。うん、言った。それが?」
美和の視線がちらっとエリカを見る。
「もしかして、健斗さんといい感じ?」
美和の顔が上下に動く。そして、嬉しそうに口元を両手で隠すのだ。それは、美和が信二と付き合っていた時にも見せた仕草だ。
幸せの絶頂期、嬉しくて、幸せでたまらないと言いたげに。
あの時もその仕草を見た瞬間、エリカの心に嫉妬心が湧いたのだった。
そして、今も同じだった。




