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優しい恋人  作者: 久乃☆
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第六話 運命の人

 どんなに泣いても、信二が戻って来ない事は分かっている、しかし泣かずにはいられない。


 その苦しさに耐えられず、寂しさに潰れてしまいそうになる。


 エリカに運命の人と言われても、自分にとって運命の人は信二しかいないのだ。



「辛い……どうしてこんなに胸が苦しんだろう……」



 泣いても、泣いても流れる涙。


 体中の水分が全て流れてしまうのではないかと思われるほどだ。




 暗くなった部屋で涙を拭うこともせずに、悲嘆にくれていた時、玄関の呼び鈴が鳴った。


 誰が来る予定も無かっただけに、突然の来訪者に身がすくむ。それでも出ないわけにも行かず、涙を拭って明かりを点け玄関に立つ。小さく呼吸を整え、少しでも笑顔を作ろうとする。


 又しても呼び鈴が押された。



「はい、どなたですか?」



 努めて明るい声を出そうとする。が、その声はかすれて、か細く聞こえたことだろう。



「笠井です。笠井健斗」


「あ! はい、今開けますから」



 昨夜会ったばかりで、又今夜も来ることは想像の外だ。


 どんな物好きでも二晩続けて慰問に来ることもないだろう。ところが健斗は二晩続けて現れたのだ。


 一瞬、何か忘れ物でもしたのだろうかと考えたが、瞬時に部屋の中を見渡し忘れ物は無いはずだと確認した。


 ならば、何故今夜も訪ねてきたのか。


 そんなことを考えながら、玄関を開けると



「今晩は」



 満面の笑みを浮かべた健斗がビニール袋を提げて立っていた。



「やっぱり、又泣いてたんだね」


「え……」



 美和が両手で頬を包む。


 その仕草に健斗の目が笑った。



「顔に涙の後がしっかり付いてるよ。多分、泣いてて何も食べてないだろうと思ったから、ハンバーガーを買ってきたよ。一緒に食べよう」



 そう言いながら、ビニール袋を大きく掲げて見せた。



「ありがとうございます」



 爽やかな笑顔の健斗に比べ、自分は何て惨めなんだろう。


 そんな思いが頭をもたげる。



「どうぞ」


「ありがとう」



 まるで永くからの友達ででもあるかのように、健斗が部屋に入ってくる。すると不思議なことに、健斗がいるこの部屋が明るく感じられたのだった。


 今まで、悲しみの渦の中で、涙で埋もれてしまいそうだった部屋の空気が、一瞬に変わったのだ。



「私、顔を洗ってきます」


「そうだね。笑顔に涙の跡は似合わないからね」



 健斗がソファーに座りながら、ビニール袋からハンバーガーの包みを取り出す。その姿は温かく優しかった。



(運命の人……まさか……ね。きっと、彼は誰にでも優しくて、困ってる人を放っておけないだけよ)



 洗面所から戻ると、テーブルにはハンバーガーの他にシェイクやサラダが並んでいた。



「シェイクはストロベリーにしたけど、よかった?」


「はい、何でも」


「そう? 中にはストロベリーが苦手な人もいるから、買うときに迷うんだよね」



(買うときに迷うって、いつもこうしてるの?)



「あ、誤解しないでよ。友達のところに持って行く時にさ」



美和が健斗の前で、床の上に直に座ると、健斗も真似をして床に座った。



「ソファーよりこの方が食べやすいよね」



 そう言って笑うのだ。



(信二だったら、床の上に座って食事をするなんて、止めろって言うだろうな)



 何につけても、つい信二と比べてしまう。



「突然来て悪かったね」


「いえ」


「アパートの前を通ったら、明かりが点いてなかったから、涙に暮れているのかと心配になってね」


「……」


「誰だって、そんな簡単に忘れられるものじゃないよ」


「……」


「んー、僕はよくチャットをするんだけど、やっぱり失恋して悲嘆にくれてる女性は多いよ」


「……」


「失恋したばかりだと、寂しくて苦しくてどうにもならないんだよね」


「……」


「だから、僕にできることは無いだろうかと、考えちゃうんだよね」


「それで、私にも?」


「それだけじゃないよ」



 健斗が慌てて顔を振る。



「同じ大学の後輩が悩んでいるんだ。ネットの子とは違うさ」


「……」


「ほら、笑って。振った奴の事よりも、これからの未来を考えなくちゃ損だよ」


「……これからの未来……」



 健斗の優しい言葉と声音。


 聞いているだけで、体がとろけそうになる。



「そうだよ。まだまだ先は長いんだから、一度や二度の失恋なんかより、先に出会う人の事を考えなくちゃ」



 ソファーにもたれ、リラックスしている風で健斗が言葉を選ぶ。


 そして、笑う。


 美和も又、健斗との時間が楽しく、この時間が永遠に続いてくれることを祈りながら話に耳を傾けていた。


 ひとしきり話すと健斗が時計に目を向けた。



「突然に来て、こんな時間まで……ごめん」



 帰ろうと立ち上がる。


 帰らないで欲しい。一人になりたくない。一人になれば、又寂しさがやってくる。



「又、明日も来ていいかな」



 健斗が真直ぐに美和を見ている。それはまるで、美和の気持ちを全部分かっているかのように感じる眼差しだ。



「あ……はい」



 嬉しさのあまり、俯いてしまう。



「君が元気になるまで、毎日でも来るつもりなんだけど、いいかな?」


「嬉しいです。でも、ご迷惑じゃ……」


「迷惑ならしないよ。君のことが気になるから来るんだよ」



 顔を上げると、健斗の目がじっと美和を捕らえていた。



 


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