第五話 苦しみ
アパートに戻ると、寂しさが込み上げてきた。
部屋の電気を点け、がらんとした部屋の中央に立ち尽くす。
今までなら、信二が待っていた。
帰宅すれば、すぐにご飯の支度に取り掛からねばならなかった。
お風呂を沸かし、食事の支度をし、TVを見ながら二人で笑った。
信二がバイトの時も、美和がバイトの時も、その生活が変わる事は無かったのだ。
いつでも、どんな時でも信二の為に、信二だけを見つめて毎日を生きてきた。
それなのに、どうして今は一人なのか……。
部屋の真ん中に座り込むと、熱い涙が溢れてくるのが分かった。それはどうやっても止める事ができない、熱くて苦しい想い。
胸が締め付けられるように苦しく、これほど苦しいなら、いっそ死んだ方がましだと思う程に辛い。
一人でいる事がこれ程までに辛いとは、美和は知らなかった。
出会う前に一人で暮らしていた部屋で、寂しいと思う事は無かった。
それが今は、同じ部屋だというのに、寂しくて辛い。
美和は唯々、泣き続けるしかなかった。
ケイタイが鳴る。
左手に握られていたケイタイを持ち上げ、ディスプレーを確認する。
(健斗さん……)
あまりにもタイミングの良い、健斗からの連絡に、電話に出ることが躊躇われた。
エリカの言葉がよぎる。
『赤い糸の相手だったりしてね』
(赤い糸の相手……運命の人?)
しかし、美和の左腕が力なく落ちた。
(だめなの、やっぱり信二に会いたいの……)
そう思ったとき、着信がプツンと切れた。
―――。
『会いたいんだ』
電話の向こうから聞こえる声。
『今すぐ会いたいんだよ』
いつもこうだ。
『な、お前の言う通りにしたんだから』
自分で決めた事じゃない?
『お前が別れろって言うから、俺は、俺は……別れたんだ!』
そうやって、人のせいにするのね。
『俺は、お前が好きなんだ。もう、お前しかいないんだよ!』
馬鹿な男。
『頼むよ、会いたいんだ。不安なんだよ』
「どうして? 何が不安なの?」
『アイツが死ぬんじゃないかって、俺のことを本気で愛していたからな。だから、自殺するんじゃないかと……そうなったら、俺のせいになる……』
捨てたのは貴方じゃない。
「……いいわ、会ってあげる」
『本当だね。本当に会ってくれるんだね。俺、すぐにそっちに行くから!』
「……」
せわしなく電話が切れた。
(いつもこう。私が笑顔を向ければ有頂天になって付いてくるくせに、彼女と別れれば私のせいだと言う。どうして男ってこうなのだろう。だから、夢が覚めるの。彼女がいる時は男らしくて、潔さを感じる程なのに、別れた途端に軟弱な家畜に変わる。でも、いいわ。だって、私より幸せな顔をされてたら許せないもの。のび太は所詮のび太なのよ。)
エリカは皮肉な笑いを浮かべると、ゆっくりと真っ赤なルージュを引き始めた。




