第四話 エリカ
「それからどうしたのよ?」
身を乗り出して、内藤エリカが聞いてきた。
エリカと美和は中学時代からの親友だ。
エリカは明るく、おしゃれにも気を使う今時の女の子だ。一方美和は、おしゃれに興味はあるが、自分なりのおしゃれを楽しむ方だ。
外で騒ぐことが好きなエリカと、どちらかといえば家の中で静かに読書などを楽しむことが好きな美和。
どう考えても、相反する。
誰もが二人を、王女様と下僕。または、お姫様と召使と笑う。
しかし、二人の間にそんな雰囲気は微塵も無い。
いつでもエリカは美和の話を聞き、どんな話でも真剣に相談に乗ってくれるのだ。
信二と付き合っていた時に、喧嘩になったことがあったが、その時もエリカが信二との間に入って仲を取り持ってくれた。
逆に、美和はエリカのレポートの手伝いをしたり、バイトの代打を引き受けたりしているのだ。
お互い持ちつ持たれつの関係だ。
今日も二人は、大学近くのコーヒーショップで、ひそひそと会話を楽しんでいた。
「それからぁ?」
「そうよ! それから?」
二人が話し込んでいるのは、昨夜のことだ。
「うん、血相変えて来てくれた」
「イケメン?」
「うん、かなりね」
「で、慰めてもらったんだぁ」
エリカが椅子の背もたれに背中を預けて、羨ましげに美和を見た。
「まぁ、慰めてもらうって言うか……う・ん……」
「だって、飛んできてくれたんでしょ、彼?」
「そう……だね。変わった人だよね」
「間違いメールに死ぬって書かれてたら、誰だったビックリだよ」
「まさか、こうなるとは思わなかったから。あの時は、本気で死んでやるって思ったのよ」
まるで、遠い過去の話のように美和が淡々と話す。
「それにしても、変わり身が早過ぎるって」
「変わったわけじゃないよ。まだ、信二のこと好きだし……」
「でも、彼もいいなぁってことでしょ?」
「……飛んできてくれるとねぇ……」
「で、一晩一緒だったの?」
「二時間くらい話して帰ったわよ」
美和がコーヒーを手に持ち、ゆっくりと口を付ける。
「ふぅん……でも、見事に間違えたわね。どうしてそうなったの?」
「それがね」
美和がケイタイを取り出し、アドレス帳を表示していると、
「よう!エリカ!」
「あら、卓矢。元気そうね」
大学の友達が声を掛けてきた。他にも二人程姿が見えるが、遠巻きにこちらを見ている感じだ。
「これから遊びに行こうって事になったんだけど、エリカと彼女もどう?」
エリカが美和に視線を投げるが、美和が窓の方を向いて視線を逸らしている。
「ごめぇん。これから、ショッピングしようかって事になってるから」
エリカが満面の笑みでやんわりと断る。
「そうか、じゃぁしょうがないな。あいつらが誘え、って言うからさ」
「そう? 残念ね、千客万来ってことで」
「意味違うだろ」
「じゃ、先客万歳」
エリカがおどけて両手を挙げて見せた。
「エリカには敵わないな。じゃ、又今度な」
「うん、じゃぁね」
後ろを向き、歩きながら両手で大きくバツを作る。
奥のテーブルから伺っていた仲間の肩が落ちたのが分かる。
「いいの? エリカ」
「だって、美和が嫌だって」
「言ってないよ」
「顔が言ってた」
そう言うと、エリカがおかしそうに笑う。
「で、何だっけ?」
ひとしきり笑うと美和のケイタイに目を向けた。
「何でこんな偶然が起こったか、でしょ」
「ああ、そうだった。で、何で?」
「それがね……」
美和がケイタイのアドレスをエリカに向けた。
そこには【垣本信二】と【笠井健斗】が並んでいた。
「なるほどねぇ。並んでたから、間違っちゃったのね」
「涙で見えなかったの……かな」
「涙ねぇ……まぁ、偶然も必然っていうから。結構、これが赤い糸の相手だったりして」
「……でも、信二のことが忘れられないのは本当なのよ」
美和が哀しそうに俯く。
「その傷を癒してくれる人かもってことじゃない?」
「そうかしら」
「付き合ってみないと分からないよ」
「……付き合う、だなんて……」
「飛んできてくれたんだから、脈はあるんじゃない?」
「優しいだけでしょ。合コンで一度あったきりなのよ」
「でも、押してみるべきだわ」
「……そうは言っても……ね」
美和がコーヒーカップの縁を指で撫でていると、またしてもエリカを呼ぶ声が聞こえてきた。




