第二十八話 写真
クリスマスが終われば、年末の慌しさが町中に広がる。
昨日までの華やかなクリスマスムードが一転し、ショウウインドウの中は新年を迎えようと落ち着いた飾りに変わっている。行き交う人々も、心なしか気ぜわしそうだ。学生の姿も大分少なくなったように感じる。年末年始と郷里に帰ったのだろう。
エリカは大きなショウウインドウの前で、流れる車をぼんやりと見つめていた。冷たい北風が、コートの裾を翻すが気に留める風もなく、ひたすら車の流れを見続けているのだ。
「エリカ」
声のする方に顔を向けると信二が立っていた。
「わりぃ、待たせたな」
そうだ、信二から連絡が来て約束の場所に来たのが三十分前の事だ。いつもなら、待たせることはあっても自分が待つことなどない。
しかし、今日だけは違う。
信二から得る貴重な情報が、エリカの復讐の鍵となるからだ。
今日だけは、今回だけは何時間待っても価値があったのだ。
「寒かっただろう」
エリカはふっと笑うと、ポケットから手袋をはめた手を出し、信二の前に差し出した。
「写真……撮ったんでしょ」
今朝早くに『劇的な証拠写真を撮ったぞ』と連絡があったのだ。
「撮ったよ。ここでか? 寒いよ、どこか暖かい所へ行こうぜ」
「そうね。じゃ、ここのティールームでいいわ」
信二の顔が曇った。
どこへ行きたかったかは分かりきっている。写真を撮ってきたのだから、その報酬をくれというのだ。そして、その報酬はエリカそのものを望んでいるのだ。
二人はショウウインドウから離れるとビルの中へと入っていった。
ビルの中は暖かく、入ってすぐにきらびやかなアクセサリーが全ての客たちに微笑みかけていた。
エリカはアクセサリーには見向きもせずに、地下のティールームへと足を向けた。信二も又、つまらなそうに着いて行くしかない。
せっかく撮った写真も、エリカが気に入らなければ単なるゴミとなってしまうのだ。信二はエリカのご機嫌を損ねないように、神妙について歩くしかないのだ。
ファミリー向けのティールームに入ると、隅の席に座る。時間が早いせいか、お客の姿もなく静かだ。
ウェイトレスにコーヒーを頼み、密談が始まった。
「写真を見せて」
「分かったよ」
信二がコートのポケットからデジカメを取り出し、画像を表示する。
「ほら」
エリカが受け取り、画像を確認する。
スクロールさせると、健斗と女性が車の中で抱き合っている写真やキスしている写真を見ることが出来た。
「いいわ、これ印刷してくれる」
「ああ、俺のアパートにくれば直ぐにでもできるよ」
「そうしたいところだけど、私はやる事があるから今日は行けないわ」
「そうか……」
「今日中に印刷できるわね」
有無を言わさぬ言い方。
(さすがはお姫様だな)
「まぁ、出来ないこともないけど。デートはいつだよ」
印刷したけど、デートはしないなんて事になったのでは、これまでの努力が水の泡だ。
「デートはするわ」
「いつだよ」
「この写真が役に立ったらね」
「ちぇ、それがいつなんだって」
「うるさいわね。私だっていつ役に立つかなんて分からないわよ!」
「分かったよ。怒るなよ」
「印刷が終わったら連絡をちょうだい」
「ああ、分かった。取りに来るか?」
「……時間によるわね」
「……」
信二が深い溜息を吐き「分かったよ」と投げやりに首を縦に動かした。
冷たくなりかけたコーヒーを一気に飲み干すと、エリカは席を立ち何も言わずにその場を後にした。




