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優しい恋人  作者: 久乃☆
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第二十七話 クリスマス(2)


 健斗専用の着信音が鳴る。


 胸をときめかせながら、ケイタイを開く。


 メールが届いている表示が踊っている。


 親指を動かし、メールを確認する。



『ごめん、今日は行けない』



 たったこれだけの内容。


 美和はショックを隠せず、座り込んだ。


 台所には、健斗との時間を最高のものにしようと作られた、クリスマス用の特別料理が皿に盛られるのを待っているのだ。



「……しょうがないよね、いろいろと付き合いもあるし。私の健斗さんって分けじゃないんだし」



 こんな時エリカだったらどうするだろう。逆切れしてメールを返すだろうか。多分、自分のように『しょうがない』とは思わないだろう。


 しかし、怒ったところでどうにもならないのだ。


 美和は気を取り直して、小さな皿に料理を盛ると、残ったものをタッパに入れて蓋を閉めた。



「結局、今年は一人っきりのクリスマスになっちゃったな」



 TV画面にはイルミネーション鮮やかな町並みが映っている。


 サンタクロースが立つ街角。


 恋人たちが歩く遊歩道。



「せっかく飾ったけど……ツリー」



 二人で開けるはずだったシャンパンをグラスに注ぐ。



「しょうがないのよ。だって、いろいろあるんだもの」



 自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返すしかなかった。



 バイトが終わると、外は真っ暗だ。


 社員用通用口で待っていると、まもなく明美が私服に着替えてやってきた。



「寒いねぇ」



 肩を縮めながら、コートの襟をしっかりと握り締める。



「どこで話しますか?」


「二時間じゃどこかに行こうって程じゃないものね。車の中でいいよ」


「じゃ、僕の車で」



 二人が肩を並べて、社員用の駐車場まで歩き出す。



「相談って何ですか?」



 店から社員用の駐車場までは結構遠い。パチンコ屋の駐車場だけに、店の近くはお客用になっているのだ。雨が降ろうが、どんなにスペースがあろうが、社員やバイトがお客のスペースに止めることは許されない。その為、二人で肩を縮めながら黙々と歩くより、少しでも気分を別の方向へ持って行った方が寒さも和らぐというものだ。



「彼と別れた」



(やっぱり、それか……)



 相談と言われて、薄々は分かっていたのだ。仕事中に見せる沈んだ表情。話しかけても上の空だったりもする。シフトの度に迎えに来ていた彼氏の姿が見えなくなったこと。それらを総合すれば、【失恋】の二文字が浮かんでくるというものだ。



「それは……」



 こういうときに不用意に言葉を発することは出来ない。じっくりと言葉を選ばないと、泣き出されても面倒だ。



「いいのよ」



 明美はニコッと笑みを浮かべると健斗の車を見つけ走り出した。急いで明美を追い越し、ロックを外す。車に入るとエンジンを掛けた。



「直ぐに暖かくなりますから」


「ありがとう」



 暗闇の中、二人は走り出さない車の中で、ひたすら前を向いて言葉を探した。



「さっき、いいって言ってましたよね」


「そう、いいの。別れたことは、もう過去」



(じゃぁ、何の相談なんだろう)



「問題はその先」


「はい……」



 じっと、明美の話に耳を傾ける。



「私、ここのところおかしかったでしょ。店長もそれに気がついててさ、呼び出されたの」


「そうですか……まさか!」


「クビじゃないわよ」



 明美が笑って答える。



「そうじゃないの、その反対」


「反対?」


「ええ、どうしたのかって聞かれて、相談に乗るからって。バイトとはいえ、三年も働いてくれている大事なスタッフだから、悩みがあるなら言ってくれって言うのよ」


「へぇ、あの店長が……珍しいですね」


「そう! 私も馬鹿だからさぁ。失恋したって正直に話しちゃったのね。そうしたら、私の肩を抱いて辛かったねって……」


「あっ……セクハラですか?」


「そういうことよ。その時は直ぐに逃げたけど、その夜に仕事以外の内容で電話が掛かってきたのよ。店長じゃ着信拒否も出来ないじゃない」


「どのくらい続いているんですか?」


「二ヶ月くらいかな」


「二ヶ月も!」


「そう、今までは何とかスルーしてきたんだけど、そろそろ店長も本気で付き合えって迫って来てるの」


「何てヤツだ!」


「辞めようかとも思ったけど、もう直ぐ卒業だし。今バイト変わるのも……」


「俺が話をつけてやります。大丈夫です」


「でも、そんなことして健斗君がクビになったら」


「そうしたら、本社に言います」



 そう言って、笑って見せた。


 すると、今までの張り詰めていた糸が切れたのか、明美がワッと泣き出した。



「辛かったですね、よく話してくれましたね」



 明美の背中を撫でると、明美がしがみついてきた。


 その小さな体をしっかりと受け止め、自然の流れの様に唇が重なった。


 エンジンの暖まった車の中で、冷たく凍り付いていた明美の心も融けていった。



「怖かった……何かされるんじゃないかって、怖くて仕方がなかったの」



 しっかりと健斗の胸に顔をうずめながら、明美が呟いた。



「もう大丈夫ですよ。これからはっきりさせに行きましょう」


「いいえ、だめ! 今は、お願い。今は一緒にいて」



 明美の体の、小さな震えが伝わってくる。



「うん。今はこうしていましょう」



 いつまでも二人は寄り添い、時間が過ぎるに任せていた。



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