第二十四話 占い(2)
「こんにちは」
カーテンの中には、極普通の初老の女性が水晶の玉の前で座っていた。
「宜しくお願いします」
占い師が手で指し示すまま、椅子に座ると「恋愛についてね」と笑顔を向けてきた。
「あ……はい」
女性は美和の名前を紙に書き、数字を名前の横に書き並べていく。
水晶をじっと見つめ、目を閉じた。
美和には水晶の玉の中に何が見えるのかまるで分からないが、彼女は閉じた目で何かを見たのかもしれない。
それにしても占い師というと、イメージでは神秘的な黒い服装をして、どちらかと言えば〈魔女〉を模しているのかと思っていた。しかし、ここの占い師に限ったことなのかどうか、白のブラウスに、下はスカートといういでたちで、スーパーの中にいたら、普通の主婦がちょっと出かけたという感じだ。
(本当に当たるのかしら)
格好で判断してはいけないのだろうが、イメージとあまりにも掛け離れすぎていると、信憑性に欠けたものを感じてしまう。
そんな事を考えていると、突然女性が話し出した。
「最近辛い失恋をされたようね」
女性の眉根が寄り、苦しそうに美和を見た。
「でも、別の男性が貴方を救ってくれた」
女性の顔が穏やかになった。
「その男性の事が気になって仕方が無いのね」
思わず頷く。
「大丈夫よ。その人と貴方はもう直ぐひとつになれるわ」
「でも……」
「そうね、その人には一緒に暮らしている女性がいるようね」
「はい……」
「それに、貴方を邪魔している人もいるようだわ。かなり強い念を持っているわね」
「……」
それが誰なのかは聞かなくても分かる。
「いくら邪魔されても、貴方が気持ちを変えない限り、この恋は必ずひとつになるから、しばらくは苦しいこともあるでしょうけれど、耐えなさい」
「本当に彼が私を愛してくれる日が来るんですか?」
一番聞きたかったことだ。
「貴方の気持ち次第よ。ただ、貴方のものになったら、その後はコントロールが大変になるかもしれない。とても大変な力を持った人だから。優しくて強くて、その優しさの為に、貴方は苦しむこともあるでしょうね。だからこそ、貴方がしっかりとコントロールしないとダメだわ」
「コントロールですか……」
「ええ、そう。前の恋人と別れたことで、貴方に吹いてくる風の向きが変わったのよ。今はその風に乗ることを考えなさい。逆らわないで、風にうまく乗ること」
「風に乗るってどういうことですか?」
「逆らわないこと。何が起ころうと、自分の思うとおりに進むこと……かしらね」
女性はにっこり微笑むと、後は言うことは無いと言いたげに頷いて見せた。
「まだ時間があるけど、他に聞きたいことはある?」
「いえ……」
美和は椅子から立ち上がると、礼を言ってその場を後にした。
女性の声が「また占いたくなったら、いつでも来てね」と明るく美和に注がれた。
元来たドアをくぐり、エレベーターに乗り込む。
結局、二十分程で話は終わってしまったのだが、それでも美和にとっては大きな収穫だった。
エレベーターが一階に着き、エントランスに出ると、タイムスリップして元の世界に戻って来た様な錯覚に陥る。
更にビルを出て歩き出す。
北風が吹き抜けるビル街を、駅へと向かって歩き出す。
思い浮かぶのは、今しがた占い師から言われた言葉ばかりだ。
もう直ぐひとつになれる。
自分の気持ち次第。
風に乗る。
考えれば考えるほど信じがたい。
同棲相手がいる人とひとつになるとは、一体どういうことなのか。体だけの問題なのか。それとも、身も心もということか。いや、そこまでは望みすぎというものだろう。
あれこれと考えあぐねていたが、アパートに着き落ち着く頃には、気持ちの整理も付いてきた。
やはり健斗に同棲相手がいることは事実なのだろう。あれだけ当たる占い師が言うのだから、きっと間違いなく事実。
ましてエリカが、健斗に同棲相手がいるなどの嘘をついたところで、何のメリットがあるだろうか。
それでも、自分の気持ちのままに行動していれば、いつの日か健斗とひとつになれる日が来るのだ。
その事だけを信じて、希望を持ち続けよう。
美和は鏡に自分の顔を映すと、にっこりと微笑み、健斗を迎える準備に取り掛かった。




