第二十三話 占い(1)
美和は、いつだったか雑誌で見かけた場所へと向かっていた。
あの時はエリカや他の友達連中と雑誌を見ながら、一度行ってみたいと言い合っていた。
雑誌によれば、よく当たる占い師だと書かれていた。もちろん、占いなどで人の運命が決められるはずは無く、結局最後の判断は自分自身なのだが。
そうは思っても、今の不安をどう解消したらよいのか、自分ではどうしようもないのだ。
何時間も、何日も思い悩みながら健斗と顔を合わせるよりは、今夜彼が来るまでにすっきりさせておきたかった。
占いによって、何と出ようとその先を決めるのは自分なのだから。
二十分ほど電車に揺られ、駅から十分も歩くと洗練されたビルの前に出た。
記憶を辿りながら、エレベーターへと乗り込み、ボタンを押す。
目的地が近づくに従い、鼓動が高まるのが分かる。
いっそ、何も聞かずこのまま帰ろうか。そして、今までのように何も無かったかのように静かに夢を見ていた方が幸せなのではないか。そんな気持ちが、まるでヘビが鎌首をもち上げるように、徐々に湧き上がってくる。
しかしエレベーターは、美和の揺れる心などお構い無しに降りていく。
地下三階で止まり、ドアが開いた。
一階の洗練された感じとは百八十度違い、まるで別世界に入り込んでしまったような、神秘的な空間がそこにあった。
何人もの占い師が軒を連ねている。
エレベーターを降りると、正面に案内板があった。その案内板の中から自分のお目当ての占い師を探し出す。
雑誌で紹介された割には、その占い師はフロアーの奥に店舗を構えているようで、いくつもの占いの扉の前を、興味という誘惑に駆られながら通過しなくてはならなかった。
タロット占い、占星術、生命判断、手相占い……。
美和はそれらを通過し、目指す扉の前に立った。
ドアを開けると、受付がある。
どこにでもいそうな女性が「いらっしゃいませ」と頭を下げる。
「すいません、占って欲しいのですが」
「はい、ではこちらにお名前・生年月日・ご住所をお願いします」
まるで、病院の受付のような対応だが、さすがに『どこが悪いのか』とは聞かれない。
「今日は、何を占いますか?」
(どこが悪いかじゃなくて、何を占うかになるのね)
「恋愛……ですね」
自分のことなのに、つい疑問形で答えてしまう。
「はい、恋愛ですね、分かりました。では、その用紙の記入が終わりましたら、座ってお待ちください」
美和はあたりを見回しながら、初めての体験におどおどしている自分を感じていた。
記入が終わり椅子に座る。たったそれだけの事なのに、居心地が悪く、どこに座っていいのやら判断に迷ってしまう。
周囲を見回すと、美和の他に二人の男女が俯き加減に座っていた。一人は中年の女性で、疲れ切っている感じが見て取れた。もう一人は、スーツ姿の男性だ。この人は、悩んでいるというよりは、人生が楽しくて仕方がないという感じがする。
(人生が楽しいなら、占いに来ないよね……)
そんな事を考えていると、奥のドアが開き高校生らしい二人の女の子が出てきた。二人とも黙ってはいるが、ここを出てからどんな話を繰り広げるのか。
(今が一番楽しい時期かな)
ついこの間まで、同じように制服を着て、飛び跳ねて回っていたのが嘘のようだ。
女子高生が消えると、男性がドアの中に入って行った。
三十分もすると、男性がドアから出てきて小さくガッツポーズをしている。
(この人は一体、何を占ってもらったんだろう……)
次に中年の女性が入り、しばらくすると美和の番が回ってきた。
中年の女性とすれ違い様に、独り言が美和の耳に入ってきた。
「ほんとに良く当たるわね……」
思わず足が止まりそうになる。
(そんなに当たるの? ならば、私と健斗さんとの事も……)
当たると思うと、逆に怖さが募ってくる。
『彼はダメよ。あなたと結ばれることは絶対にないから』と言われたら。そう考えただけで、胸が痛い。もしかしたら、自分は『大丈夫』の一言が欲しくて、ここに来たのかもしれない。良い方向へ向いているからと、慰めの言葉を掛けてもらいたくて。その慰めの言葉を頼りに、最終決断を下そうとしているのかもしれない。ならば来なくても、占いなどしなくても、自分の答えは出ているということではないのか。
そんな思いが頭の中を回り出したが、体はドアをくぐり、更に奥に掛けられた黒く重いカーテンの中へと入っていった。




