第二十二話 企み
休日だと思うと、ついゆっくりしてしまう。きっと誰でも同じなのだろう。
今日はバイトもお休みだ。天気も良いし、どこかへ出掛けるのも良いだろう。
TVでは、早くもクリスマスムード全開だ。
今年は小さいながらもクリスマスツリーを飾ろう。去年は飾っている暇が無いままクリスマスが終わってしまった。
来年こそはツリーを飾ろうねと、信二とTVを見ながら笑っていたものだ。けれど今はもう、約束した信二がいないのだ。
しかし、信二の代わりに喜んでくれる人がいる。
その人の為に飾ろう。
手作りのクッキーも焼きたい。
鳥を丸ごと一羽と言うわけには行かないが、フライパンで照り焼き風にしてみようか。
そんな事を考えるのが楽しくて仕方が無い。
玄関のチャイムが鳴った。
まだ健斗が来る時間ではないが、もしかしたら時間が空いたからと寄ってくれたのかもしれない。
そう思うと、心が弾み玄関の扉が開くのももどかしい。
しかし、いつもならチャイムを鳴らして直ぐに自分で開けて入ってくるはずの健斗が、今日は入ってこないのだ。
(健斗じゃなかったのかしら……)
誰だろうかと訝しがりながら玄関を空けると、そこには引きつった笑みを浮かべたエリカが立っていた。
「入っていい?」
寒さのせいか、唇の色が変わっている。
エリカを部屋に招き入れ、ホットミルクを作ってあげると、カップを両手に挟み小さな溜息を吐いた。
「どうしたの? 休日に来るなんて、珍しいじゃない」
「……そんな悠長な声を出していられるのも、今のうちよ」
エリカの悔しそうな、それでいて何かを嘲っているような言い様。
「何があったの?」
エリカを覗き込む美和の顔をじっと見つめ、エリカが口を開いた。
「健斗の事よ」
「健斗さん?」
「そう……驚かないでね」
そう言いながらも、本心は驚いて腰を抜かして、悲しみにくれればいいと思っているのだ。まずは、健斗が大事に手をつけずにいる美和を苦しめたかった。
それが、健斗への復讐の序幕だ。
「驚くって何が?」
「あの人には、同棲相手がいるのよ」
美和の表情の変化を見逃すまいと、エリカはじっと美和を凝視した。
美和の目が一瞬曇ったように思えたが、その曇りは直ぐに晴れ、いつもの美和に戻ってしまった。
「そう……」
「そうって、悔しくないの?」
「……だって、私が見た分けじゃないもの。それに、彼とはそういう関係じゃないから」
「でも、好きなんでしょ?!」
「うん……好きだわ」
「だったら!」
「さっきも言ったわ、私が実際に目撃したわけじゃない。好きだというのは、私の感情で、彼がどう思っているかは分からない。付き合ってるわけでも、恋人同士になれたわけでもないのだから」
「そう、見てないからなの……」
エリカは信二から渡されたメモをテーブルに置いた。
「見て来るといいわ。同棲相手の名前は山根よ」
美和がテーブルの上のメモを取り上げ眺めていると、
「美和の傷が深くなる前に、別れた方がいいわよ」
そう言ってバックを手にした。
「……」
顔を上げることも無い美和を、面白そうに見下ろしながら、エリカは玄関へと向かった。
「じゃ、私帰るから」
その声は、来たときとは違って、爽やかさが感じられる声だった。
静かに玄関の重い扉が閉まる。
美和はメモをじっと見つめ続けた。
(そうね、そういう相手位いるわよね。素敵な人だもの)
そうは思っても苦しさが込み上げてくる。
(いいじゃない。友達でいられるだけ)
(彼は、下心があって私に接触してきたわけじゃなかった。誠実な人なのよ。それが分かったのだから、十分だわ)
美和の手が、メモを二つに裂いた。
(今まで通り、大学の先輩と後輩。私の傷が癒えたら、今の関係はもっとラフな友達関係に落ち着くだけのこと)
更に、メモを裂く。
(だから、悲しむ必要なんて無いの)
メモが小さな破片となり、ゴミ箱に落とされた。
(それでいいの。私は彼の恋人じゃなくても。でも……いつか彼が私を愛してくれる日が来るかもしれない)
(本当にそんな日が来るのかしら……)
(だって、同棲してるだけじゃない。結婚じゃないのよ)
(ある日突然の展開があるかもしれない)
自分の両肩を掴んで、一点を見つめる。
信じよう。
信じたい。
小さな希望を……信じよう。
一時間もした頃だろうか、出口の無い思いを断ち切るように美和が立ち上がった。
何かを決意したような表情がそこにあった。




