第二十一話 見えない恋敵
数日後、エリカはメモに記された住所地に佇んでいた。
信二の中傷を信じた訳では無いが、健斗を信じきれる訳でもない。
ならば、自分の目で確認するしかないのだ。
もし、信二が言ったことが本当ならば、エリカとしては決して許せることではない。どんなにフィーリングがあっているとは思っても、自分を裏切るような男を認めることは出来ないのだ。もし認めたなら、エリカのプライドがボロボロに崩れてしまうだろう。
その場に到着し、健斗の郵便受けを確認すると、そこには【笠井・山根】と書かれていた。この山根というのが同棲相手なのかと想像はできたが、実際見てみないと決断が付かない。
自分でも可笑しなことをしていると思うのだ。
今までの自分なら、こんな惨めな行動はしなかった。まして郵便受けに、明らかに同棲相手と分かる苗字が記されているのだ。
寒空の下で、現場を押さえるまでも無く、憤慨しながら元来た道を辿っていたことだろう。いや、それよりも中傷を聞いた段階で破局が来ていたはずだ。
じっと佇みながら、何でこんなにも健斗に執着しているのか不思議でならない。
自分の感情を探りながら時間を費やしていく。
北風がエリカの髪を撫で、身を縮めたその時、山根であろう女の姿が、小さなベランダに現れた。
どうやら、この時間になって洗濯物を干し始めるようだ。
エリカはじっと陰に隠れたまま、山根を見つめ続けた。
しばらくすると、奥から誰かに呼ばれたらしく振り返る。しかし、その顔が少し曇ったように感じた。
次の瞬間、山根の背後から手が伸びてきた。男の姿が現れ、彼女の首筋に唇を這わせている。
それが健斗であることは、遠くからでも分かった。
健斗は唇を這わせながら、手を彼女の股間へと持っていく。
彼女は外から見えるからとでも言って拒んでいるのだろう、健斗の手を払おうとするが、その行為が真剣に嫌がっていないのは、抗い切れず健斗の手を受け入れたことで分かる。
エリカの心臓が破裂しそうな勢いで早鐘を打ち鳴らす。
心の中では「止めて! それ以上何もしないで!」と叫びを繰り返しているのだ。
しかし、彼女のひざが力を無くし崩れるように部屋の中へと姿を消したことから、今部屋の中で何が起こっているかは、想像に難くない。
エリカは寒さも忘れ、震える唇を噛み締めた。足に力が入らず、その場に蹲る。
自分はどうしてしまったのだろうか。怒りに駆られて、この場から立ち去れば良いだけなのに、それが出来ないのだ。
今、あの部屋の中では、健斗が自分を愛したと同じように、激しい愛の交わりが繰り広げられているのだ。
いや、自分のとき以上かも知れない。
同棲相手と遊び相手の自分とでは、接し方も愛し方も違うはずだ。
それでも、健斗の手が忘れられない。
何度も何度も重ねてきた、愛されていると信じたあの時間は一体何だったのか。
哀しさと苦しさが遠のくと、怒りがエリカを襲った。
今まで誰一人として、自分を遊びの相手にしたことは無い。
自分が相手を遊びに使っても、おもちゃにされたことは無いのだ。
いつでも自分が女王様だったのに。それが、健斗の前では女王様にはなれなかった。いつでも、召使のように愛されることを望んできたのだ。
健斗の愛し方を受け入れ、どんな淫らな行為でも拒否することなくやらせてきた。
しかし、それは健斗にとっては遊び相手だからこそできたこと。
「私は……彼を愛していたの?」
哀しい自問自答。
(違うわ……彼を愛していたんじゃない。彼のテクニックに魅了されただけ)
(このまま許していいの?)
(冗談じゃないわ、許してなんかやるものですか!)
(じゃぁ、どうする?)
(……)
しばらく考えていたかと思うと、すっくと立ち上がり、顔を上げて歩き出した。




