表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しい恋人  作者: 久乃☆
20/35

第二十話 メモ

 どんなに天気が良くても、授業がある日は気乗りがしない。


 眠気を誘う教室で、転寝をしている学生相手に、よく講義など出来るものだと感心するが、エリカも転寝族の一人なのだ。


 講義に興味があれば起きてもいられるだろう。或いは、講師がイケメンなら瞬きもせずに教壇を見つめるだろう。しかし、残念なことに講師は年寄りで講義はつまらないと来ている。抜け出さないだけでも大したものと褒めてもらいたいところだ。


 それでも、真面目にノートを取っている者もいるから、成り立っているのだろう。


 チャイムが鳴った。


 冬眠から覚めるように、誰もが目を覚ます。


 あたかも、今までしっかりと講義を聞いていましたと言いたげに、教科書をしまうのだ。


 エリカも同様に、教科書をバックに詰めると教室を後にした。


 外に出ると、風も無く暖かかった。春には遥か遠い季節だというのに、風さえなければ暖かい日が続いている。



「地球最後の日も近いかな」



 大きく伸びをしながら、そんな戯言を口にしてみた。



「人類最後の日に、俺はエリカの傍にいたいな」



 背後から聞き覚えのある声が、真面目に答えてきた。


 自分で戯言だと分かっているのに、わざわざ真面目に答えられると、多少なりとも腹立たしさを感じるものだ。しかも、それが聞きたくない声だったのだから、その感情もマックスに達する。



「地球最後の日には、貴方以外の人と一緒にいると思うわ!」


「酷いな、あんなに愛し合った仲じゃないか」


「愛はね、変わるのよ」


「その冷たさがいいんだけどな。お前の怒った顔も俺は好きだよ」


「それはどうも」



 別れた後でも追いかけてくる男ほど、情けないものは無い。


 エリカは風を切って歩き出した。



(せっかく気分が良くなっていたのに!)



「そう急ぐなよ。どうせ又、俺のところに戻ってくるのは分かってるんだから」



(何を言ってるんだか。戻るわけ無いでしょ!)



「お前みたいなプライドの高い女が、あんな女ったらしに我慢が出来るはずないもんな」



(女ったらし?)



 エリカの足が止まる。



「気になるだろ?」


「誰の話?」


「お前の、今の彼氏の話だよ」



(今の彼氏? そんな事、信二に話したっけ?)



「大変な男を彼氏にしたよな」


「……」


「笠井健斗」



 思わずエリカの顔が信二に向けられた。その驚いたような真剣な眼差しに、気圧されながらも信二が続けた。



「どういう男かと思って調べたんだよねぇ」



(はぁ? 人の彼氏の事調べるって何?)



「振られたとはいえ、自分の女だったんだから、どんな男と付き合ってるのか、知る権利はあるからな」


「そうかしらね」


「そうしたら、アイツ結構な遊び人だったよ」


「どういうこと?」


「バイト先の女の子と良い関係だぜ。それに、家に帰れば同棲相手もいる」


「……うそ」


「嘘だと思うなら、自分の目で見て来いよ」



 小さなメモをポケットから出して、エリカの前にちらつかせた。



「泣く時は俺の胸でどうぞ」



 可笑しそうに薄ら笑いを浮かべながら、メモをちらつかせ続けるのだ。


 エリカは、勝ち誇ったような信二の態度に悔しさを覚えながらも、信二の言った言葉が気になって仕方が無い。


 信二からメモをひったくると、足早にその場を後にした。後ろから信二の声が追いかけてくる。



「お待ちしてまーす」



 エリカの脳裏に健斗の優しい顔が浮かぶ。その優しい顔が邪悪な顔へと変化していく。



(無いことじゃないわ。どんなに優しい顔をしていたって、美和がいながら私と寝たんだから、他に女がいたって可笑しくはないわね)



 どうしてこんな簡単な事を想定していなかったのか。それほど自分は健斗にのぼせ上がっていたということか。


 三日と空けず、エリカの部屋に来ては激しく愛し合ってきた。これ程までに、自分の体とフィットする人に、未だかつて会ったことがない。それだけに、何も考えられなくなっていたのは確かだ。


 エリカは、自分の中のどこかで、健斗を信じ始めていた事に怒りを感じていた。


 

あれほどまでに愛し合いながらも、他の女とも楽しんでいたのか。


家に帰れば同棲相手がいたのか。


 その同棲相手も、エリカ同様に歓喜の声を上げていたに違いないのだ。


 許せない。


 自分を裏切るような男は許してはならない。


 でも……。


 果たして、信二の言っていることを鵜呑みにして良いのだろうか。

 


エリカは歩速を緩めると、メモを開いてみた。信二のポケットから引っ張り出された、しわだらけのメモを指で伸ばしながら、エリカは一文字一文字、丁寧に読み進めた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ