第二話 健斗
パソコンのルームには無数の情報が飛び交っている。
もちろん、愚にも付かないものもあるが、それでも健斗は構わなかった。
ほとんどが愚痴であったり、ばかげた何の脈絡も無い会話だったり。
時には一人で奇声を上げている者もいる。
『でも、とても辛いの……』
恋愛相談のルーム。
そこは失恋したばかりの、可哀想な子羊が山の様に存在する場所だ。
健斗は、キーボードに置かれている指を、静かに動かした。
『誰でも恋を失えば辛いものですよ。その気持ちを素直に言えるあなたは、大丈夫。乗り越えられますよ』
毎晩のように繰り返される、恋愛相談ルーム。健斗と多くの女性たちとの会話。
『そうかな……』
『きっと、彼よりも素敵な人が現れるから』
『健斗さんみたいな?』
健斗の頬が緩む。
『僕よりも、もっと素敵な人』
ケイタイが鳴った。
舌打ちをしながらケイタイを取り、ディスプレーを見る。
(美和……誰だ?)
『現れるかしら……』
『大丈夫、自分を信じて』
(あ! この間の合コンの時の!)
テーブルの隅で、壁の花同然に俯いていた女だ。
今の女子大生なら、我先にとアピールしてくる。
誰もが最高のテンションの中にいるのに、美和だけが違っていた。美和は俯いたまま、その場にいる事が苦痛ででもあるかのように黙っていたのだ。
性格といえばそこまでだが、浮いた人間がいるとどうしても、気になって仕方がなくなる。
その時もそういった感情がむくむくと首をもたげ、いつの間にか声を掛けていたのだ。
話し出せば、明るく魅力的な女性だった。
人一倍、人見知りなだけで、それさえ分かれば普通の女子大生ではないか。
パーティの終盤には、美和とアドレスの交換に成功していた。
(忘れてたな……。俺としたことが)
『そうね。健斗さんが応援してくれるなら』
ルームには、他に何人もの男性がインしているはずだ。
しかし、健斗が一度加われば、男性陣の発言が瞬く間に無くなってしまうのだ。
『応援してますよ。頑張って』
キーボードに打ち込みながら、ケイタイを操作する。
送られてきたメールに目を落とす。
そこには、哀しみ苦しみ抜いた一言だけがあった。
メールを読むと、ものすごいスピードでキーボードに打ち込む。
『ごめん、急用ができたから落ちます』
『あ……はい。お休みなさい』
相手の複雑な心境が伝わってくるが、それどころではないのだ。
いつもなら、こんな終わらせ方はしないだけに、相手もただ事でないことは理解できたのだろう。
健斗のいなくなったルームに再び男性陣の声が高くなる。
画面に視線を投げながら、健斗は皮肉な笑いを浮かべた。そして、気持ちを入れ替えるように大きく深呼吸をすると、もう一度ケイタイに目を落とす。
そこには、何度見ても苦しそうな一言があるだけだった。
『私……死にます
愛しているから、あなたを……』
(愛しているからって言われてもねぇ。まだ、付き合ったことも無いんだけどなぁ)
どうしたものかと考えたが、相手の女性が真剣に死を考えているならば、安
易な言葉は避けなくてはならない。
(ここは、どういう経緯か知らないけど、落ち着かせるしかないな)
健斗の指が動き、送信ボタンを押した。




