第十四話 くもの巣(1)
バイトの疲れも有り、アルコールが体中を回る。雰囲気のせいもあるのかもしれない。
落ち着いた、喧騒の無い空間。
大人の雰囲気と優しい語り口調の健斗。
いつも程飲んでいるわけでもないのに、体がだるくて仕方がない。
(何で今日はこんなに回るのが早いんだろう)
健斗を見れば、さっきまでと何も変わらず、背筋を伸ばして静かにコップを口に運んでいるのだ。
時計を見れば、あれから二時間程しか経っていないというのに。
(楽し過ぎるのかもしれないな。こんなに素敵な人といるのだもの)
健斗の口が動く。しかし、何を言っているのか理解が出来ない。
理解できないが、それでも楽しいのだ。
「私ぃ、健斗さんが大好きぃ」
心の中で叫んだつもりだった言葉が、しっかりと健斗に聞こえていた。健斗が「ありがとう」と言ったような気がする。
(何がありがとうなんだろう?)
健斗に支えられながら、店を後にした。
冬将軍が唸りをあげるのも、もうすぐだろう。
北風がミニスカートを躍らせ、生足に痛いほど当たってくる。
「健斗さんは、どうしてそんらにお酒に強ーいんですかぁ?」
健斗の体温が伝わってくる。
「強いんじゃなくて、飲んで無かっただけ」
「えー、だってビール飲んだでしょー」
「ビールだけね、後はウーロン茶だよ」
「えー、知らなかったぁ」
「分からないようにやるのが、配慮だよ」
車に乗り込むとエンジンを掛ける。
冷たいエアコンの風が身に沁みる。
「エンジンが温まるまで我慢してね」
「うん……大丈夫」
とは言っても、寒くて仕方がない。
しばらくすると、温かい風がエリカの体をほっとさせた。
「エリカさんのアパートはどこ? 送って行くから教えて」
「えーと……」
その時、健斗がケイタイを取り出した。
「何ぃ?」
「美和さんからのメールだよ。着信があるのが分からなかったんだ」
「なんらって?」
「お疲れ様ってさ」
「ふ~ん……」
健斗が拳を口に当てた。
口元を隠しているのだろうが、嬉しさが口元を緩ませているのが分かる。
「他には何て?」
「いや、それだけだよ」
「へーんなのー」
「何がだい?」
「だぁってぇ、美和がそれだけなはずないもの」
「どういう意味かな?」
「別にぃ。美和がどういう子かは、自分の目で見た方がいいから。それに、私が言ったら妬きもち焼いてるみたいだから、言わないのぉ」
「おかしな子だな」
何と言われようとそれ以上は答えられないのだ。
別段意味があっての言葉ではなく、面白くなかっただけなのだから。
美和からのメールを見て、嬉しそうにしている健斗を困らせたくなっただけなのだ。
意地悪な女心。
「えーとぉ、坂の上町の2丁目辺りですぅ」
すっかり酔いが飛んだような気がした。
たかが美和からのメールくらいで。
(私、本気で健斗を好きになったのかも知れない)
「ああ、住所ね。急に話が変わるから……あれ? なんだ、美和さんのところと近いんだね」
「仲良しだからぁ」
「はは、本当に仲良しなんだね」
車がアパートの方向に向かって走る。
暗闇の中、街頭に照らされる街路樹たち。
(絶対に健斗さんを……)
「私……健斗さんが……好き」
エリカの口からポツリと漏れる呟き。
「ありがとう、嬉しいよ」
「……だめ……車を止めてください……」
「え、どうしたの?」
車を止めると、ドアを開けて降りる。
そこは、昼間なら子供たちの姿で賑わう公園だ。しかし、深夜の今は誰もいない。
「エリカさん、大丈夫?」
公園の入り口で蹲る(うずくま)エリカの後を追って、健斗が近づいてきた。
「飲みすぎちゃったんだね、止めるべきだったね」
「違うの、苦しくて……胸が苦しくて……」
「それは……」
「健斗さんが美和の彼氏だって事は分かってるんです。でも、好きなの。好きになったらダメですか?」
まっすぐに見つめる瞳。
潤んだその瞳が街頭の灯りでキラキラと光って見えた。




