表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しい恋人  作者: 久乃☆
11/35

第十一話 三人の食卓

 小さなテーブルには、ところ狭しと数々の料理が並んでいる。それらは、温かそうな湯気を立て、食欲をそそる香りを漂わせている。



「相変わらず、美味しそうだよね」



 出来上がった料理を前に、健斗が目を細めた。



「ありがとう。健斗さんの好きな煮物も作ったのよ」


「今日の煮物は何かな?」


「今日はサトイモを煮たの。口に合うといいのだけど」



 エプロンを外しながら、健斗に微笑みかける。



「早くしないとバイトの時間になっちゃうわね」


「大丈夫だよ。今日は深夜勤務だから、十時までに入ればいいんだ」


「十時から朝まで?」


「うん、六時まで」


「健斗さんは本当に働き者ね」



美和が嬉しそうに健斗を見つめる。



「美和さんだって、働き者じゃないか」


「そうかなぁ」



 確かにそうだ。バイトが終わって料理を作り、学校へ行く前には掃除に洗濯をこなす。学校という囲いを外したら完璧な主婦だ

 二人が視線を絡ませた時、玄関のチャイムが鳴った。



「来たんじゃないか?」


「そうね」



 美和が立ち上がり、玄関のドアを開けた。


 玄関から、テーブルについている健斗が見えた。



「こんばんは。せっかくの二人の時間にお邪魔しますねぇ」


「やぁ、始めまして。美和さんの親友だよね」


「あら、よく知ってるんだ!」



 エリカが驚いて見せる。



「美和さんから話は聞いてるからね」


「へぇ、どんな話かしら。悪口は止めてよ」



 エリカが軽く美和を睨む真似をすると、美和が笑いながら「そんなはずないでしょ」と否定した。



「はい、約束のビール」



 手土産のビールを美和に渡す。



「ありがとう。でもね、健斗さんがこれからバイトなのよ」


「えー、そうなのぉ。残念、一緒に飲めると思ったのに」


「悪いな、今度一緒に飲もう」



 健斗の優しい言葉に、エリカが嬉しそうに笑顔で返す。



「そうね、次回が楽しみだわ。必ずよ」



 そういうと、小指を健斗に向けた。


 健斗がたじろぐと美和が(いいのよ)と言っているように頷く。


 エリカがそのような態度に出ても、元々がそういうことを何とも思っていない子なのだから、仕方の無いことだと解釈しているのだ。



「バイトって何をしているんですか?」



 エリカの視線が一点、健斗に集中する。



「今日はコンビニ」


「今日はって事は、他にも?」


「ああ、パチ屋とキャバクラの呼び込み」


「え、パチ屋ってパチンコ屋?」


「そうだよ」


「キャバクラの呼び込みまでしてるんですか」


「ああ、そうでもしないと学費が稼げないからね」


「親からの仕送りは?」


「僕はサラリーマンの家庭の出だから、出来るだけ親に負担を掛けないようにしないとね」



 美和がにっこりと微笑む。


 その表情は(彼、凄いでしょ? 素敵でしょ?)と言ってるように見える。



(ええ、凄いわよ。素敵よ。ルックスもいいし、イケメンだし。私の彼氏にピッタリよ)



 エリカも笑顔で美和に返すが、エリカが内心そんなことを思っていようとは、思い及ばないだろう。



 

あっという間に、健斗がバイトへ行く時間になった。


 いつもなら、食後は二人ソファーでゆっくりと会話を楽しむところだが、さすがにエリカの前でそうも出来ず、不完全燃焼のまま仕事へと出かけて行ったのだった。



 健斗が部屋から出て行くと、エリカが冷蔵庫から二本のビールを取り出し、溜息を吐いた。



「どうしたの? 溜息なんて吐いちゃって」


「彼、素敵ね」


「そうでしょ」


「あんなに素敵だと思わなかったわ」



手に持った一本を美和に渡した。



「私は飲まないの」


「何で?」


「彼が、お酒を飲む女性は好きじゃないって言うから」


「……相変わらずね、相手がどう言おうと、自分は自分じゃない!」


「うん、でも彼に好きになって欲しいし」


「又始まった」


「え、何が?」


「彼の為に変わる、変身願望症候群」


「変身願望症候群か、上手いこと言うわね」



 言われてみれば、確かにそうだ。


 いつも恋人が出来るたびに、その人の理想に近づきたくて、常に頑張ってきた。


 中学時代は髪の長い子が好きだと言われ、夏の暑い中必死に髪を伸ばし毎日リンスにトリートメントを欠かさなかった。清潔感がある子が良いと言われれば、一日に2回もシャワーを浴びた。爪の綺麗な子が好きだと言われれば、毎日爪を磨いた。


 信二の時も同じだった。口答えをしない女が好きだと言われ、その日から信二が何を言っても笑って、口答えをしなかった。料理の味付けも、信二の好みを必死に覚えた。嫌だと言われるところは全て直した。


 エリカに言わせれば、そんなに頑張る女はいないという。


 それでも美和は幸せなのだ。


 彼の理想の女性になれる自分を、幸せだと感じるのだ。



「そんなに頑張ったって、いつか終わりが来るじゃない。その時美和はどうするの? そんなに頑張ったことが馬鹿らしくならないの?」



 いつだったか、そう言われたことがあった。美和は笑って首を振っただけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ