第十話 ターゲット
エリカはアパートに帰ると、疲れた体をベッドに横たえた。
目を瞑れば、さっき別れたばかりの信二の顔が思い出される。
「本当にくだらない男!」
今まで何度も美和の彼氏を横取りしてきた。その都度、すぐに飽きて自分から別れを切り出してきた。そして、その度に美和の趣味の悪さを笑ってきたものだ。
それが分かっていながら、どうしてこうも美和の彼氏となると横取りしたくなるのか。
「あんな男だと分かっていたら、横取りなんてしなかったわ。放っておいても美和はアイツに振り回されて、辛い思いをしたのに」
そうなれば、自分は優越感に浸りながら美和の泣き言を聞いただろう。
その方が、横取りするよりもずっと楽しかったに違いないのだ。
「あーあ、残念!」
天井を見つめ、ぼんやりしていると、空腹感を覚えた。
「お腹空いたなぁ。何食べようか……な……」
ふと、美和の顔が浮かんだ。嬉々として台所で包丁を握り、料理の味を見る美和。その横には健斗がいるのだろうか。
いや、きっといるだろう。
そして、二人きりの夜だ。
あれから、一ヶ月。美和は進展がないと言っていたが、そんなはずなどあるわけがないのだ。
(きっと、美和は嘘をついてるんだわ。一ヶ月も一緒にいて、何の進展もないなんて考えられないわよ!)
ぼんやりしていると、余計に美和と健斗との関係が思われてならない。
(幸せそうな顔しちゃって!)
許せないという感情が激しく揺れだす。
美和のケイタイが光ると同時に、着信音が鳴り出した。
「美和さん、ケイタイが鳴ってるよ」
健斗が、台所で最後の仕上げをしている美和に、ケイタイを渡す。
「エリカからだ。何だろう?」
ケイタイの受話ボタンをONにし、「もしもし?」と声を掛けると、
『美和ぁ』
情けなさそうなエリカの声だ。
「どうしたの?」
その声に、ただならぬものを感じ、焦って聞き返す。美和の焦りを見て健斗が心配そうにしている。
「なんだか、寂しくなっちゃってさぁ」
「ああ、ビックリした。どうしたのかと思ったよ」
「何で?」
「悲壮感が漂ってたから」
「お腹空いてるからかなぁ」
「お腹空いてるんだ。そうかぁ、じゃぁ家に来る?」
空腹だと言えば、家に来るかと言うであろう事は、分かりきっていたのだ。そして、美和の部屋に行けば、そこには健斗がいるであろう事も。
「えー! いいのぉ?」
「いいわよ」
美和の楽しそうな笑いが聞こえてくる。
「あ、でも健斗さんがいるんでしょ?」
「ええ、いるけど……」
美和が健斗に目配せをすると、健斗がにっこりと笑って頷いた。
「大丈夫よ。健斗さんも良いって言ってるわ」
(ふ~ん、了解を取る様な状況だったりするわけだ。やっぱり、進展無しなんて言いながら、それなりに進展してんじゃない!)
「じゃぁ、すぐに行くわね。美和の手料理、久しぶりだから楽しみだわ。途中でビール買って行くね」
「ありがとう。待ってるね」
ケイタイを切ると、エリカの口元が歪んでいた。
「誰が空腹だけで行く? 本当に何でも信じちゃうんだから。お目当ては他にあるのにね」
バックを手にすると、玄関に向かって歩き出した。




