繋ぐ人
カツカツと廊下から近づいてきた音が止まると、ノックもなしに母が入ってきた。
軽くお辞儀をする担任などお構いなしに、またカツカツと音を立てこちらに来る。
仰向けになっている私を、まるで犬のフンでも見るかのような顔で見下ろし、
「あんたはこんなことしてまで構ってほしいの?」
と冷ややかに言った。
この人はいつも怒っている。
小さい頃は笑っていたこともあった気がするんだけれど。
母の吊り上った眉を見つめていると、担任が割って入ってきた。
「事故だったんです。テストが風に飛ばされて、それを取ろうとしたはずみに転落したみたいです。そうよね?」
そう言って縋るようにこちらを見つめるので、機械的に頷く。
それに安心したのか、大きな目が一瞬きゅっと細くなった。
小柄なせいか、とてももうすぐ三十路という歳には見えない。
そんな彼女がくるっと母を振り返り、
「不幸な事故だったんです」
と、今度ははっきりとした口調で言い切った。
小さな背中の向こうに見える母は、吐き捨てるように言う。
「そんなの、どっちでもいいわよ」
校長先生が来たときにはすでに母は帰っていた。
担任から母の様子を聞いた彼は、あからさまにホッとした表情を見せる。
そして、広いおでこにまで皺をよせてつくった笑みを私に向けた。
「事故のことを聞いたときは、心配で生きた心地がしなかった。これからは気を付けるんだよ」
事故、その言葉が殊更に強調されたのは気のせいではないだろう。
はいと返事をした後で、学校も大変ですねと心の中で呟く。
「生き残りおめでとさん」
ふらっと部屋に入ってきて、よおと片手をあげる。
寝癖と紙一重の無造作ヘアーを揺らし、彼はいつものように締まりなくヘラヘラと笑っていた。
窓を開け、私に背を向け外を眺める。
そして背中を見せたまま話しかけてくる。
「親や学校に期待したって無駄無駄。期待するから失望して死のうなんて思うんだよ。もっと気楽に生きなきゃもったいないって。もったいないお化けが出ちゃっても知らねえぞ?」
それには答えず、
「あっちゃん」
と呼びかける。
一呼吸の間があり、
「うん?」
と小さく声が返ってくる。
彼の後頭部を見上げると、自然と言葉が漏れた。
「ごめんね」
日に焼けた腕がすっと顔の方に消えていった。
「馬鹿だよ……お前は」
震えた声が、静かな部屋にポツリと落ちた。
1000文字小説です。