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博士とロボット

 これは昔々の物語。

 あるところに、それは至極へんぴな山奥に、一人の博士が住んでいました。博士は病気であると言っても過言ではないほどの完璧主義者でした。

 少しでも傷があるもの、左右対称ではない物、少しでも汚れがある物、それらは全て博士の体は受け付けません。博士から見たこの世界は、すべてが不完全な物として映っていたために、嫌っていました。特に博士は人間を毛嫌いしていました。この世で一番不完全な物だと思っていたからです。だから博士は都会から抜け出して、こんなへんぴな山奥に一人、左右対称で、傷の付かない工夫を凝らした、ピカピカの家を造りそこに籠もって暮らしていました。

 完璧主義者である博士は、毎日の掃除を欠かしません。常にピカピカの家を保ってきました。ここでの完璧なものに囲まれた生活は、不完全なものに囲まれて暮らすより、ずっとずっと快適で博士にとって理想の生活空間となっていました。しかし博士はそこに寂しさも感じていました。話し相手が欲しいと切実に思うようになっていました。しかし人間は博士の求める完璧を持ち供えて居ません。そこで博士は、考えました。そうだ、完璧な人間を作ろうと。

 そして博士は完璧な、ロボットという名の人間を作りました。そのロボットはもちろん、博士の求めている完璧なものを全て持ち供えていたロボットでした。

 博士の世界がまた一つ増えました。


 ロボットは毎日博士の世話をしたり、博士と話したりして、一日中一緒に過ごしていました。ロボットにとって、博士とこの家が世界の全てでした。


 ある日、博士の持っている完璧なコップ――左右対称で傷も汚れもないピカピカのコップにヒビが入っていました。それを見た博士は、昨日まで大事に使っていたコップである事を忘れてしまったかのように、地面にたたきつけ粉々に割ってしまいました。

 それを見たロボットは言いました。それは今まで大事にしていたコップではないんですかと。

 博士は言いました。それは昨日までの話だと。完璧ではないコップには用はないと。

 少し前までは完璧ではない物は体が受け付けないだけで済んだ博士の完璧主義は、今は完璧ではないものはこの世にある必要性がないとまで考えるぐらいになっていました。しかも、ほんの些細なことまでも完璧では無いところを見つけた瞬間に、それを壊したり捨てたりするほどにまでになっていました。

 そのうちに博士の世界は、より洗練された完璧さを持つようになってきましたが、博士は満足しませんでした。

 博士が壊した物を片づけながら、ロボットは考えるようになってきました。いつか私も、こんなふうに壊されてしまうのだろうと。

 ロボットは怖くありませんでした。


 ある日、また不完全な物を壊した後に、博士は言いました。お前だけは私の求める完璧を持ち供えていると。いつかこの家は私とお前だけになってしまうのだろうと。だけど、そうなっても私は後悔しないと。

 ロボットはその言葉がひどく恐ろしく感じました。


 殆ど日光に当たることなく暮らしてきた博士は、とうとう体をこわしてしまいました。それを心配したロボットは、外に出るように勧め、博士は素直にそれに従いました。

 それは雨の降った次の日の朝。露に光が跳ね返り、キラキラと輝いていた朝でした。

 斜め上を見上げたら眩しく、博士は斜め下を見て歩くことにしました。そこには小さな水たまりが一つ、朝の光に輝いていました。その水たまりをみた博士の世界から、もう一つ完璧な物が消えました。それは、自分でした。

 世界はロボットだけになりました。


 不完全な物を嫌う博士は、何回も何回も自分を壊そうとします。だけど、毎回毎回ロボットに止められてしまうのでした。博士にとってロボットだけが、この世界の唯一の柱であり、自分の命を繋ぎ止めるロープのような存在でした。

 ロボットは決めました。ずっとずっと完璧でいなければと。

 いつしか、博士の家は博士とロボットだけになりました。


 ある日、完璧を保っていたロボットにも限界がきてしまいました。

 小さなヒビが、ロボットに入ったのです。

 それは、博士の世界が、完全に無くなった瞬間でした。

 ロボットは博士の前に行き頼みました。私はもう博士の求める完璧を持ち供えていません。壊してくださいと。

 博士は考えました。自分の求めている完璧は、この世には無いのだと。

 そして博士は思いました。それなら、せめてまだ完璧だと思っていた世界を覚えているうちに、消えてしまおうと。

 博士は金槌を持ってくると、それでめちゃくちゃにロボットを叩きました。何回も、何回も。

 だけど完璧を目指して作ったロボットは、痛みこそ無いけれど、最期の最期まで意識はありました。

 博士は泣いていました。

 それからすぐに、ロボットの意識は消えました。


 これは昔々の物語。

 完璧を目指して消えた博士と

 完璧になれなかったロボットの物語。

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