【急募】特殊詐欺の被害者役(70歳以上・男女不問)
【語弊が生じないよう、ぜひ最後までお付き合いください. .】
秋の教室には、どんよりとした空気が床に溜まっている。
進路希望調査という名の現実が、いよいよ生徒達の喉元を締め上げ始めていた。誰が指定校推薦を獲得し、誰が一般入試という荒野へと放り出されるのか。他人の内申点を遠巻きに測り合う、粘着質な視線の応酬。それは、雨に濡れた靴下のまま過ごすような、ひどく不快な季節だった。
俺、鳴海圭は、自分の席に座って窓の外を眺めていた。特に何かを見ているわけではない。ただ焦点の合わない目で、校庭の隅で風に舞う砂埃をぼんやりと追いながら、時間を潰していた。
「ねえ、ケイ。また一点見つめして、死んだ魚みたいな目になってる」
不意に、すぐ真横から声が降ってきた。
「死んだ魚はいいもんだよ。生きた魚は網に掛かってから散々暴れて、体力をすり減らした挙句に腹を割かれる。何なら生きたまま食べられることもある。最初から死んでいれば、少なくとも無駄な抵抗の苦痛だけは省けるからね」
「なにそれ。結局食べられちゃうんじゃん。意味わかんない」
ため息をつきながら視線を向けると、隣の席に座る成瀬莉亜が、呆れたような、それでいてどこか世話焼きな顔でこちらを覗き込んでいた。
彼女は、俺とは対極の色彩を持ってこの世界に存在している。クラスの委員長でもないのに、誰かがサボった日直の仕事を黙って片付け、あからさまな悪意で割られた花瓶の破片を「風で倒れちゃったんだね」と本気で信じて素手で拾い集める。世の中の人間は基本的に善意で動いていると本気で信じきっている、自己犠牲という自覚すらない底抜けのお人好しである。
リアは自分が他人に施した小さな親切の回数を、おそらく数秒後には忘れているだろう。そういう磨り減ることのない善性が、俺にはひどく眩しく、同時に、いつか何かの拍子に砕け散りそうな危うい硝子細工に思えてならなかった。
「もうすぐ全校集会だよ。早く行かないと、また入り口で体育の先生に怒鳴られちゃうからね」
「わかっているよ。ただ、あの冷え切った体育館の床に座らされることを想像するだけで、膝の皿の裏側がキシキシと軋むんだ......」
リアが小さく吹き出す。彼女の笑い声は乾いていて心地が良いが、俺の憂鬱を晴らすほどの効果はない。
俺は机の上に広げていた、白紙に近いノートを鞄に突っ込み、重い腰を上げた。
体育館の冷え切った板張りという代物は、体育座りを強制される生徒の体温と気力を奪い取るためだけに存在する、巨大な拷問器具だとしか思えない。
薄っぺらい制服のズボン越しに伝わってくる朝の床板の冷気に、俺はさっきから体育座りの姿勢のまま尻の肉を微かに動かして抵抗を試みていた。しかし無駄だ。冷たさは確実に太ももの裏側から血管へと侵入し、俺の思考を鈍らせていく。冬山で寝てしまう理由がよくわかる。
マイクのスイッチが入る「ボフッ」という破裂音が、無駄に広い空間に反響した。
壇上には、地元警察の署長と並んで、一人の女子生徒が立っている。隣のクラスの佐藤だ。ゆるく巻いた明るい茶髪、短めに着崩したスカート。普段はカーストの上位で賑やかに笑っているはずの彼女が、今は全校生徒の視線を一身に浴び、細い肩を震わせていた。
校長が、いかにも誇らしげに事の顛末をマイク越しに語り始める。
『えー、先週の日曜日。佐藤さんは花隈駅前のコンビニのATMにて、携帯電話で「息子が会社の金を使い込んでしまった」と焦って通話している高齢の男性に気づきました。そして、今にも三百万円という大金を振り込もうとしている画面を見るやいなや、とっさに操作を止めさせ、警察に通報し、見事被害を未然に防いだのです』
勇気ある立派な行動だ、と校長は手垢のついた言葉を並べ立て、体育館にはまばらな拍手が響いた。
『......それでは、立派な行いをした佐藤さんに、一言いただきましょう』
校長が、台本にはないであろう無茶振りをかました。
彼女はマイクの前に立ち、ひどく強張った顔で、カチコチに凍りついた言葉を紡ぎ始めた。
『あ、あの......私はただ、電話でパニックになっているおじいさんが見えて……ふと画面を覗き込んだら、三百万円を振り込もうとしていたので、無我夢中で横から『取り消し』ボタンを押しただけで......私は、当然の事をしたまでです』
普段の彼女からは想像もできないほど、一言一句を確かめるような不自然な棒読み。自動音声のような無機質な音声が響く。
その言葉がスピーカーを通して俺の耳元まで届いた瞬間。
前に座っていたリアが「へえ......すごい。本当にかっこいいよ」と、心底感銘を受けたように小さく呟いた。
俺は冷たい床の上で姿勢を崩し、あくびを噛み殺しながら、壇上の少女の引き攣った笑顔を見つめていた。その表情は、不自然な安物のマネキンのようだった。
全校集会が終わり、廊下には数百人分の足音が重なり、床の板張りがギシギシと軋みを上げている。
リアは教室に戻るなり、自分の席に座るよりも早く、俺の机を叩いた。
「ねえケイ、今の話、やっぱりすごいと思わない? 三百万円だよ? もし止める人が誰もいなかったら、そのおじいさんの大事な老後の貯金を失ってたかもしれないんだよ」
リアの瞳は、純粋な称賛の色で満たされている。彼女にとって、世界は今、この瞬間も一つの善意によって救われたのだ。
俺は鞄を机の横のフックにかけ、ゆっくりとリアを見上げた。
「……リア、お前は本当に、あれが美談だと信じているの?」
「え? ……どういう事? 感謝状までもらってたじゃない。あと、『お前』禁止って言ったでしょ」
「大変申し訳ございません。あの『美談』には、現代の日本において絶対に成立しない、矛盾があると思うんだ」
「矛盾……?」
リアが身を乗り出してきた瞬間、一限開始のチャイムが鳴った。
「……まあ、大した話じゃないから気にしないで」
「えっ、ちょっと待ってよケイ!」
俺はさっさと前を向き、教科書を広げた。
四限が終わったお昼休み。購買で買ってきたパンを口に運ぼうとすると、リアが椅子を引きずって俺の正面に陣取った。
「ねえ、さっきの続き。何が矛盾してるの?」
「……さっきのは何でもない。適当な思いつきだよ」
「嘘。絶対に何か悪だくみした時の顔してる」
食い下がるリアに、俺は飲みかけのパック牛乳を飲み干した。
「お昼休みなんだから、ちゃんと休まないとね。脳を使いすぎると午後の授業で寝ちゃうよ」
「もう、はぐらかさないでよ!」
結局、午後の予鈴が鳴るまで俺は口を割らなかった。
五限、六限。
隣の席から、刺すような視線を感じる。チラリと振り返ると、リアが頬杖をつきながら、じとーっとした恨めしげな目で俺を凝視していた。ノートをとるペンが、心なしか怒りに任せて強く動いているように見える。
ようやく放課後になり、終礼の号令が終わるやいなや、リアは俺の鞄を掴んだ。
「さあ、逃がさないからね。洗いざらい悪事を白状しなさい」
俺は深いため息をつき、誰もいなくなった教室で口を開いた。
「別に俺、何も悪いことしていないじゃんか……わかったよ。昨今、高齢者を狙った振り込め詐欺がどれだけ問題になっているかは知っているでしょ。だからこそ、銀行側も自治体としても対策は済ませているもんなんだよ。
今の日本では、一定以上の年齢の口座で、過去数年間ATMでの振り込み実績がない場合、一日の振り込み限度額は自動的に『十万円以下』、あるいは『ゼロ』に制限されている。つまり、あのおじいさんが慣れないコンビニのATMで『三百万円』もの大金を一括で振り込む事自体が、物理的に不可能だと思った」
「あ……」
「そして、花隈駅前にあるコンビニは一つしかない。そこのATMには強力な偏光フィルターも貼ってあるから、正面に立つ人間以外には画面は見えない。後ろにいた佐藤が金額を読み取るのも不可能。……これは勇気ある行動なんかじゃなくて、例えば推薦枠のボーダー上にいる彼女......というか両親が、実績を金で買うために仕組んだ、演劇だよ」
「で、でも……! 警察の人が直接学校に来て表彰したんだよ? そんな演劇、調べられたらすぐに嘘だってバレるじゃない!」
「被害が出ていない、未然に防いだだけの事案だぞ。おじいさんが涙ながらに感謝して、彼女も謙虚に振る舞えば、警察だって疑って、わざわざATMの限度額や履歴まで裏付け捜査なんてしない。美談はみんなにとって心地よい娯楽だからな」
俺がそう締めくくると、リアは俯き、自分の膝の上で拳をギュッと握りしめた。
「ケイは……最初からそんな風に、人を疑って……。そうやって生きてるの?」
「常に世の中疑って見ないとダメだって、ハワイで親父が言っていたよ」
「……ふざけるとこじゃないでしょ」
リアは何も言わず、椅子を乱暴に引いて立ち上がると、教室を出て行った。
俺は一人残された席で、窓から差し込む西日に照らされた、自分の手の甲をじっと見つめていた。皮膚の隆起が、やけに鮮明に浮かび上がっていた。うん、後でチャットで謝っておこう......
それから一週間後。
昼休みの廊下は、購買のパンを奪い合う生徒達の熱気で満ちていた。
「ケイ、ちょっと……」
振り返ると、そこには顔色がひどく青ざめているように見えるリアが立っていた。
「……佐藤さんの事、噂になってる。推薦、取り消しになったんだって。警察の人が学校に来て、虚偽通報の事情を聴かれてるって……」
「……そうか」
結果としてその薄っぺらい嘘は、あまりにもあっけなく崩壊したらしい。
「……まさか、本当に……ケイの言った通りだったの?」
リアの瞳は揺れ動き、自分が信じていた世界が崩れ去ってしまったかのような絶望を湛えていた。
俺は、想像が当たっていたかもしれないという興奮もあったが、彼女のその縋るような視線を受け止める事ができず、視線を下へと落とした。
......が、俺の目は、リアの目を見つめ直した。
「そんなわけないじゃん。推薦取り消しも誰かの僻みで言っているだけじゃない?...俺じゃないよ」
「……そっか!」
リアに、パッと花が咲いたような無防備な笑顔が戻った。
すっかり元気を取り戻したリアが、小走りで廊下の奥へと消えていく。パタパタと遠ざかる上履きの音が完全に聞こえなくなってから、俺は小さくため息をつき、今度こそゆっくりと視線を落とし、教室に戻った。
そもそも、あの三文芝居を成立させるためには「騙されたフリをしてくれる都合のいい老人」というキャストが必要不可欠だ。彼女の両親は、一体どうやってそんな人材を調達したのだろうか。
世の中には、色んな種類の「闇バイト」があるのかもしれない。騙す側でも、襲う側でもなく、「騙されたフリをする側」という新しい役割。
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【急募】特殊詐欺の被害者役(70歳以上・男女不問)
報酬:日給十万円
勤務地:都内各所(全国転勤あり)
#即日即金
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といったところかな。いやでも、これだと足がつきそうだ。それに密告されたり強請られる可能性もある。
じゃあ、考えられるサクセスストーリーはこうだ。
まず前提条件として、捏造をしたい親子は何らかのコミュニティに所属している必要がある。たとえば、父親が権力を握っている会社や、絶対に秘密を共有できる閉鎖的な互助会だ。
そこで『逆らえない立場にある人間』や『同調する人間』――借金を抱えた老人や、カルト的な結束を持った老人を調達する。電話口の詐欺師役なんて、極論、親のどちらかが少し離れた場所から非通知で通話をつなげば済む話だ。これなら不特定多数に向けた求人を出す必要もなく、密告のリスクも極限まで潰せる。身内だけで完結する、推薦枠をもぎ取るためだけの自家製ヒーローショーだ。
くだらないことを自分の席に座って考えていたら、不意に、すぐ真横から声がした。
「ねえ、ケイ。また一点見つめして、死んだ魚みたいな目になってる」
本好きです。※ジャンル問わず(小説、コミックetc...)
いろいろとアドバイスいただけると嬉しいですし、おすすめの本、なろう小説等教えてください。
ぜひ執筆したものをご紹介ください!
(私のものは大目に見てください。)




