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からくり競馬2〜『変異する血統(ブラッド・リンク)』〜  作者: 水前寺鯉太郎
第1幕

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8/26

第8話

「天井知らずの覇王」


 第四コーナー。出口。

 砂塵と火花が渦巻く中、先頭を快走していたピンクの閃光――ブロッサムボマーに異変が起きた。

「――ッ!? なんだ、この油圧の低下は……!」

 海東啓太郎の叫び。次の瞬間、ブロッサムボマーの右前脚が、接地と同時にあらぬ方向へと折れ曲がった。

 金属が引きちぎれる断末魔。

 整備班がわずかに見落とした、アクチュエーターの固定ボルト一対の金属疲労。時速八十キロ、数トンの荷重がかかる瞬間に、その「手抜き」が死神を招いた。

「おい、冗談だろ!? ここで……ッ!」

 海東の機体は、猛烈な砂煙を上げてコース外へとスピンしていった。

 先頭が消えた。空いた「王座」を巡り、残された四頭が牙を剥く。

「……ジャミル。邪魔者は消えた。掃討を開始する」

 財前の合図と共に、アイアンエクリプスが左右へ激しく機体を振り、後続の進路を徹底的に潰しにかかる。

「行か、せない……!」

 麗はアナログ・バランサーの「痛み」に耐え、強引に内側をこじ開けようとする。だが、ジャミルの壁は厚い。接触するたびに、レイスターの装甲が火花と共に削れていく。

「どきなさいよ、鉄屑の影ッ!」

 最後方から、黄金の暴君――ルナティックが外側から猛然と追い上げる。亜紀子の狂気と、ルナティックの「走りたい」というバグが融合し、アイアンエクリプスのガードを力任せに弾き飛ばす。

 その一瞬の隙を、麗は見逃さなかった。

「今よ……レイスターッ!!」

 痛みで白濁する視界の向こう、黄金の機体――バハムートの背中が、一馬身先に見える。

 麗は、自身の神経を焼き切る覚悟で、ニューラルリンクを最大出力まで押し上げた。

 加速。

 砂を爆発させ、レイスターがバハムートの真横に並ぶ。

 ゴール板まで、残り五十メートル。

「届く……届くわッ!」

 麗は確信した。バハムートの排熱ダクトが開いている。奴も限界だ。

 レイスターの鼻面が、バハムートの肩を捉え、首に並び、鼻先へと迫る。

 だが、その瞬間だった。

 財前が、一瞬だけ、麗の方を向いた。

 その瞳は、極寒の氷のように凪いでいた。

「……残念だが、村上。これが『天井』だ」

 バハムートの機体底部のブースターが、これまで一度も使われていなかった「予備電力」を解放した。

 加速の二段変速。

 絶望的なほどの、圧倒的な伸び。

 麗が「全力」だと思っていた財前の走りは、彼にとっては「最適化された温存」に過ぎなかったのだ。

 二頭が並んでゴール板を突き抜ける。

 一瞬の静寂。

 そして、判定掲示板に表示された文字。

 1着:バハムート(財前)

 2着:レイスター(村上)

 着差:ハナ差

「……嘘、でしょ」

 麗は、熱くなった操縦席の中で、震える手を見つめた。

 鼻をかすめるほど、ほんの数センチ。

 だが、その「数センチ」の向こう側には、深淵のような格差が広がっていた。

 パドックに戻る道中、財前はバハムートを悠々と歩かせながら、麗の横に並んだ。

「良いレースだった。君の『痛み』は、演算の誤差を三パーセントほど狂わせてくれたよ」

 財前の声には、勝利の喜びも、敗者への侮蔑もなかった。ただの「事実」の報告。

「だが、アイアンクラウンの投資額は、君のガレージの資産の千倍だ。その千倍の差を埋めるには、君の命一つでは、あまりに安い」

 財前は一度も振り返らずに去っていった。

 麗は、熱を持ったレイスターの首筋に額を押し当てた。

 レイスターは、主の悔しさに寄り添うように、小さな電子音を鳴らした。

「……あたしは」

 麗の声が、砂混じりの風に消える。

「あたしは、まだ……奴らの天井すら、見えていなかったっていうの?」

 空からは、再び黒い雨が降り始めていた。

 敗北の味は、鉄と血と、そして自分自身の未熟さの味がした。

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