第7話
「臨界のスイッチ・ポイント」
電磁加速式のスターターが、重い重低音を響かせて火花を散らした。
一トンの鉄塊たちが、静止状態から時速六十キロまでわずか三秒で到達する。
「行っけぇええええ、レイスターッ!」
麗の叫びと共に、マットブラックの機体が弾け飛んだ。
だが、そのさらに内側。ピンクの閃光が、文字通り視界から「消えた」。
機体名、ブロッサムボマー。
短距離の絶対王者だ。
「ハッ、重役出勤はガラじゃないんでね! 先に行かせてもらうぜ、お嬢さん方!」
ジョッキー、海東啓太郎の軽薄な通信が風を切る音と共に届く。
ブロッサムボマーは、最初の芝の直線で後続を三馬身ちぎり捨てた。それは財前の「計算」をも上回る、純粋な速度の暴力。
「……ジャミル。バクシン野郎は捨て置け。奴は千六百メートル持たない」
財前の冷静な声が響く。バハムートは二番手、その後ろをアイアンエクリプスが完全にガードする鉄壁の布陣。
麗のレイスターは、大外からその「鉄の影」に飲み込まれようとしていた。
そして、最初の「地獄」がやってくる。
芝からダートへの切り替え地点――スイッチ・ポイント。
路面の摩擦係数が一気に跳ね上がり、機体には数トンの衝撃が襲いかかる。
「今だ。……神経ノイズ、放射」
財前がスイッチを押した。
バハムートの排熱ダクトから、目に見えない電子の毒が撒き散らされる。
「ッ……ぐ、あああああああ!」
麗の視界が白濁した。
脳が路面の変化を感知しようとした瞬間、ノイズが割り込み、レイスターとのリンクが「断線」する。本来なら、ここでレイスターは砂に足を取られ、無様に転倒するはずだった。
だが、その瞬間。
麗の脊髄に、火で炙った針を突き立てられたような「激痛」が走った。
「あ、あああ……っ! 痛い、痛いわよ、クソ親父……ッ!!」
アナログ・バランサーが起動したのだ。
電子戦を無視し、路面の振動を「痛み」として直接、麗の脳へ叩き込む。
デジタルな感覚が死んでも、この「痛み」がある限り、麗はレイスターの脚がどこにあるかを、野生の勘で把握できる。
レイスターは砂を掴んだ。
ジャミングの海の中で、一頭だけが「痛み」を灯台にして、沈むことなく加速を続ける。
「何……!? ジャミング下で、なぜ姿勢を制御できる!」
財前の驚愕の声。
麗は歯を食いしばり、鼻血を撒き散らしながら笑った。
「計算なんて……いらないって、言ったでしょッ!」
砂塵を爆発させ、レイスターがアイアンエクリプスの横面に食らいつく。
一方、最後方で欠伸をしていた黄金の狂気――ゴールデンルナティックも動き出していた。
「あはは! 痛そうねぇ、麗! でもその熱、アタシがもっと熱くしてあげる!」
先頭を走るブロッサムボマー。
二番手で牙を剥くバハムートとアイアンエクリプス。
「痛み」でジャミングを突破したレイスター。
そして、全てをぶち壊そうとするルナティック。
ミックス重賞の魔物が、その大きな口を開けて四人を待ち受けていた。
次のコーナー。そこは、海東のバクシンオーが失速し、財前の「真の策」が牙を剥く、死の領域だ。




