第26話
「黄金の暴君、中山に吠える」
中山競馬場、残り二百メートル。
急坂の途中で、世界が静止したかのような錯覚に陥る。
先頭は、天城優作の『チャールストン』。
無駄のないストライド、計算し尽くされた出力配分。イクイノックスの再来と呼ばれたその走りは、中山の坂すら平地のように無効化していた。
「……終わったよ。これが、次世代の『正解』だ」
天城が勝利を確信し、加速の最終フェーズへ移行しようとした、その刹那。
ガァァァァァァァァッ!!
大外から、鼓膜を突き破るような「金属の咆哮」が響き渡った。
亜紀子のゴールデンルナティック。
オルフェーヴルの狂気を宿した黄金の鉄塊が、蛇行しながら、火花を撒き散らしながら、物理限界を越えた加速で突っ込んでくる。
「正解ぃ? そんなもん、アタシが上書きしてやるよッ!!」
亜紀子は、機体がバラバラになる振動を笑い飛ばし、アナログ・バランサーを「破壊」してレバーを引いた。
チャールストンの「静寂の加速」に対し、ルナティックは「暴力の加速」。
黄金の影が、天才の領域を力ずくで食い破る。
そこへ、さらなる「奇跡」が重なった。
「――行けッ、テイオー!!」
岡部孝雄のラストエンペラーだ。
かつて一年ぶりの有馬で奇跡を起こした帝王の魂が、今、再び具現化する。
天を突くようなテイオーステップ。一完歩ごとに差を縮め、三頭が、文字通り「点」となってゴール板へと吸い込まれた。
静寂。
そして、掲示板に灯った写真判定の文字。
一分、二分……。
やがて、一番上に掲げられた番号は――『一二番』。
1着:ゴールデンルナティック(池谷 亜紀子)
2着:チャールストン(ハナ差)
3着:ラストエンペラー(ハナ差)
中山競馬場が、割れんばかりの怒号と歓声に包まれた。
亜紀子は、ゴール直後に再び制御を失い、ラチ(柵)に激突して停止したルナティックのハッチを蹴り開けた。
「……見たか! これが、アタシたちの競馬だよッ!!」
夕日に照らされた彼女の笑顔は、オイルと汗にまみれながらも、どんな宝飾品よりも輝いていた。
ハナ、ハナ。
わずか数センチの差。だが、その数センチに、村上ガレージが積み上げた「不条理への反逆」が全て詰まっていた。
麗のレイスターは、五着に敗れた。
だが、検量室へ戻る道すがら、彼女はボロボロになった自分の相棒を優しく叩いた。
「……悔しいけど、最高ね。……次は、あたしたちが獲るわよ」




