第23話
「府中の奇跡、鉄屑の咆哮」
残り二百メートル。
東京競馬場の電光掲示板が、熱狂の渦に飲み込まれて震えている。
先頭は、黄金の覇王――財前巌のバハムート。
ジャミルの献身的なブロックにより、一滴の無駄もなく加速エネルギーを蓄えてきた。
「……これが王道だ。演算された勝利こそが、最も美しい!」
財前がレバーを叩く。バハムートの駆動系が、黄金の粒子を撒き散らしながら最後の一伸びを見せる。
だが、その右。
不気味なほどにしなやかな脚取りで、ラストエンペラーが「浮いて」いた。
岡部孝雄の瞳には、一年間のリハビリで流した血と汗のすべてが、青い炎となって宿っている。
「演算だと……? 財前、奇跡を計算式に入れたことはあるかッ!!」
一完歩ごとに、エンペラーの鼻先がバハムートの肩を捉える。故障の恐怖を脱ぎ捨てた「魂のステップ」。
そして、その二頭の間。
漆黒の泥を全身に纏い、もはや原型を留めていない『レイスター』が、強引に割って入った。
バリバリバリバリッ!!
「――行けッ! レイスター!!」
麗の叫び。クロフネ・プロトコルが臨界点を越え、脚部フレームから火花が噴き出す。
麗は、バハムートが作る包囲網の「わずかな歪み」に、自爆覚悟で突っ込んだ。
左右から押し寄せる数トンの圧力。金属が軋み、麗の腕に強烈なフィードバックが走る。
だが、麗は引かない。
財前の「正解」も、岡部の「奇跡」も、海老原の「影」も――すべてを泥に塗れさせるために、彼女はこの地獄を這い上がってきたのだ。
「……面白い。これこそが、競馬だね」
最後方から、死神のようにダークランサーが忍び寄る。
海老原は、三頭が作り出す凄まじい「乱気流」を翼に変え、一気に外側から全頭を飲み込もうとする。
残り百メートル。
四頭が、一列の横一線。
財前の「独裁」か。
岡部の「復活」か。
海老原の「円熟」か。
それとも、麗の「破壊」か。
ゴール板を突き抜ける瞬間。
麗は、レイスターのメインCPUが「完全停止」を告げる警告音を聞いた。
だが、その直前。
レイスターの鼻先が、ほんの数センチ、黄金と白銀の影を突き放した。
静寂。
そして、写真判定のランプが灯る。
1着:レイスター(村上 麗)
2着:ラストエンペラー(ハナ差)
3着:バハムート(クビ差)
4着:ダークランサー(アタマ差)
「……あ」
麗は、ゴールを過ぎてから完全に沈黙したレイスターの中で、真っ白な煙に包まれていた。
勝った。
村上家の「鉄屑」が、歴史の頂点に君臨する名馬たちの魂を、力ずくでねじ伏せたのだ。
パドックに戻る道。
岡部孝雄が、自身の機体から降り、レイスターの横に立った。
「……負けたよ、お嬢ちゃん。……最高の『泥仕合』だった」
帝王は、晴れやかな顔で麗に手を差し出した。
夕日に照らされた府中のターフ。
そこには、新時代の覇者が刻んだ、漆黒の轍がどこまでも続いていた。




