第18話
「敗北の残り香」
阪神から戻った村上ガレージは、祝勝会の喧騒とは無縁の、鉄錆と冷めたコーヒーの匂いに包まれていた。
レイスターは、宝塚記念で負ったダメージで脚部フレームが歪み、ドックの中で骸骨のような姿を晒している。
「……親父。海老原さんのダークランサー、最後まで『熱』が出てなかった」
麗は、油に汚れた作業着のまま、レイスターのメインPCに記録されたログを解析していた。
「あたしたちがオーバーヒート寸前で火花を散らしている横を、あいつは平熱で、散歩でもするように通り過ぎたのよ」
健造は、無言で古い溶接機を置いた。
「麗。出力(馬力)を上げるのは簡単だ。だが、その力を『逃がさない』技術、そして相手の力を『利用する』狡猾さ……。海老原が持っていて、お前にないのはそれだ」
そこへ、一台の高級セダンがガレージの前に停まった。
降りてきたのは、柳生はるこ。ガイアフォースを駆る「次女」だ。
「……負け犬の遠吠えを聞きに来たわけじゃないわ、村上さん」
はるこは、麗に一通のデータチップを差し出した。
「ミカは、宝塚の敗戦以来、自室に引きこもってシルフィアのOSを書き換えている。……彼女は、あなたと海老原さんに『汚された』ことを、屈辱ではなく『バグの修正対象』として捉えたの」
はるこの瞳には、珍しく微かな「焦燥」が混じっていた。
「秋の天皇賞、そしてジャパンカップ。ミカは、これまでとは比較にならないほど『冷酷なマシン』になって戻ってくる。……あなたに、その進化を止める覚悟があるのか、確かめに来たのよ」
麗は、はるこから受け取ったチップを握りしめた。
海老原という老将が見せた「経験の深淵」。
ミカが向かおうとしている「究極の最適化」。
「……笑わせないでよ。柳生のお嬢様」
麗は、ボロボロのレイスターを見上げ、不敵に笑った。
「あたしはまだ、一冠も獲ってない。……世界なんて、その先の話よ。まずは、この国のすべての芝と砂を、レイスターの黒い色で塗り潰してやるわ」




