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からくり競馬2〜『変異する血統(ブラッド・リンク)』〜  作者: 水前寺鯉太郎
第1幕

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12/26

第12話

「桜の蕾と、鉄の棘」


 阪神競馬場、芝1600メートル。

 三月の柔らかな日差しが降り注ぐ中、チューリップ賞のパドックは、華やかな乙女たちの戦場と化していた。

 だが、その最外枠に陣取った一台の機体が、会場の空気を著しく汚していた。

「……場違いもいいところね」

 麗はヘルメットのシールドを下げ、周囲の冷ややかな視線を遮断した。

 漆黒の装甲は、連戦の傷跡を強引にパテと塗装で埋めただけの「傷だらけの死神」。レイスターは、磨き上げられた中央の良血馬たちの中で、一頭だけ死地から戻った亡霊のように佇んでいた。

「麗、落ち着きな。ここはミックスコースじゃない。純粋な『加速』の質が問われる場所だよ」

 ピットからの亜紀子の通信。その声にも、隠しきれない緊張が混じっていた。

 中央の芝は、一ミリの凹凸も許さない。レイスターの「パワー」は、ここでは「重荷」に変わるリスクを孕んでいる。

 そして、その中心にいたのは。

 柳生家三女、柳生りんね。

 愛機『スノーランサー』。漆黒の夜空を切り裂く一等星。

 りんねは、ミカやはるこのような「静」や「理」ではない。彼女の瞳には、制御不能な「熱」が宿っていた。

「ねえ、村上のお姉さん。ミカ姉さまが言ってたわ。『泥に咲く花なんていらない』って」

 りんねの通信が、無邪気な、そして残酷なトーンで割り込む。

「あたしもそう思う。だって、夜空の星を掴もうとするのに、泥なんて邪魔なだけでしょ?」

 ゲートオープン。

 内枠から弾けるように飛び出したのは、りんねのスノーランサー。

 それは「逃げ」ではない。後続を絶望させるための「先行」だ。

「……速いッ!?」

 麗はレイスターのアクセルを叩き込むが、芝を捉える感覚が砂とは決定的に違う。

 レイスターの脚部が、芝の摩擦抵抗の少なさに「空回り」しそうになるのを、麗はアナログ・バランサーの痛みで強引に抑え込んだ。

 だが、スノーランサーは違う。

 まるで氷の上を滑るスケーターのように、芝の表面を軽やかに、かつ爆発的な推進力で駆け抜けていく。

 第四コーナー。

 麗は勝負に出た。

「内を突くわよ、レイスター! 泥臭いのがあたしたちのやり方でしょ!」

 内柵ギリギリ。他のジョッキーが躊躇する「死のライン」へ、麗はレイスターを投げ込んだ。

 砂塵が舞わない芝のコースで、レイスターの咆哮だけが異様に響き渡る。

 

 だが、りんねはそれを待っていた。

「お姉さん、残念。星には、影すら届かないの」

 直線。

 スノーランサーが、背中の排熱ダクトを一気に開放した。

 そこから放たれたのは、熱ではなく「光」。

 光学的な幻惑を伴うほどの超高速駆動。スノーランサーの残像が、レイスターの視界を乱す。

「――なっ……!?」

 麗が目を見開いた瞬間、スノーランサーは一気に三馬身突き放した。

 加速の伸びが違う。

 これが、柳生家が誇る「純血の芝適性」。

 レイスターがどれだけ「魂」を燃やしても、物理的な設計限界という「鉄の檻」が、麗の行く手を阻む。

 ゴール板。

 1着:スノーランサー。

 2着に、食らいついたレイスター。

 着差は、三馬身。

 判定が表示された瞬間、麗は操縦席の中でハンドルを叩いた。

「……また、負けた。……また届かないの……?」

 掲示板を見つめる麗の耳に、りんねの勝ち誇った笑い声が届く。

「お疲れさま、村上のお姉さん。でもね、これが『現実』なの。……ミカ姉さまと走るときは、もっと悲惨なことになるわよ?」

 勝利を確信したスノーランサーの背後で、夕闇が迫っていた。

 麗は、ボロボロになったレイスターの計器類を見つめ、血の混じった唾を吐き捨てた。

 敗北の積み重ね。絶望の蓄積。

 だが、その漆黒の瞳の奥で、消えかかっていた灯火が、より暗く、より鋭い「殺意」へと変質し始めていた。

「……見てなさい。あんたたちの『空』を、地べたから引きずり下ろしてやるわ」

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