第11話
「白い稲妻の落日」
東京競馬場、芝1800メートル。
共同通信杯のパドックには、異様な熱気と、それ以上に重苦しい「予感」が漂っていた。
視線の先にあるのは、芦毛の装甲を纏った二頭の怪物。
柳生家次女、柳生はるこの愛機『ガイアフォース』。
対するは、新興勢力から現れた不屈の挑戦者、ホワイトランダー。
二十一世紀後半の「からくり競馬」において、かつての芦毛の怪物同士の再戦の再現はロマンではなく、残酷な性能試験に過ぎなかった。
「……ホワイトランダー。良い機体ね。地方の砂で鍛え、中央の芝で稲妻と呼ばれたその機動力。敬意を表するわ」
はるこの通信は、姉のミカとは対照的に、穏やかで理知的だった。
「でも、柳生の『万能』は、あなたの『不屈』すらも演算の一部として飲み込むの」
ホワイトランダーを駆るジョッキーは、歯を剥き出しにして笑った。
「御託はいい、柳生のお嬢さん! 泥の味を知らねえあんたらに、この『白い稲妻』の切れ味を叩き込んでやるよ!」
ゲートオープン。
芝を切り裂くような金属音が響き、ホワイトランダーが先行する。
その脚捌きは、まさに稲妻。芝の衝撃を最小限に抑え、空気抵抗を極限まで低減させたその走りは、先行逃げ切りの理想形に見えた。
だが、その直後を走るガイアフォースは、不気味なほどに「静か」だった。
はるこのガイアフォースは、ホワイトランダーが作る「乱気流」を逆手に取り、最小限の電力でスリップストリームを維持している。
(……計算通り。心拍数、油圧、すべてが規定値以内)
はるこの脳内には、ホワイトランダーの関節可動域から逆算された「疲労曲線」がリアルタイムで表示されていた。
第三コーナー。
ホワイトランダーがスパートをかける。
「ここだ!」と叫び、ジョッキーが加速ブースターを全開にする。芦毛の機体が、青白い放電を伴って後続を突き放しにかかる。
観客席が沸く。白い稲妻が、柳生の牙城を崩すかに見えた。
だが、ガイアフォースのセンサーが冷たく光った。
「……そこが、あなたの限界値ね」
第四コーナー出口。
はるこは、ガイアフォースの全関節に張り巡らされた「万能型アクチュエーター」を解禁した。
それは加速ではない。路面の硬度、風向、先行機の残した熱。それらすべての環境因子を味方につける、完璧な「適応」。
ホワイトランダーの横を通り過ぎる瞬間、ガイアフォースから放たれたプレッシャーは、物理的な衝撃波に近いものだった。
「なっ……加速してない……!? いや、減速していないのか!?」
ホワイトランダーのジョッキーが驚愕する。
芝の適性が高いホワイトランダーですら、コーナーでの遠心力でわずかにラインが膨らんでいた。だが、ガイアフォースは磁石のように内柵に吸い付いたまま、一ミリのロスもなく加速を続けていたのだ。
「……さようなら、稲妻。あなたは美しかったわ」
直線。
ガイアフォースは、ホワイトランダーを置き去りにした。
一馬身、三馬身、五馬身。
ゴール板を駆け抜けたとき、その差は「実力差」という言葉では説明できないほどの、絶対的な断絶となっていた。
掲示板に刻まれたレコードタイム。
はるこは、汗一つかかずにハッチを開け、地上へと降り立った。
そこへ、一台の通信ドローンが近寄ってくる。画面には、村上ガレージでこの中継を見ていたであろう麗の姿が。
「……村上さん。聞こえるかしら」
はるこは、カメラの向こうにいる麗へ、静かに微笑みかけた。
「これが柳生の『次女』の力。姉のミカが本気を出すまでもなく、世界は柳生の色に染まる。……15話、あなたが芝の舞台に上がるのを、慈悲の心でお待ちしているわ」
勝利の余韻に浸ることなく、はるこは悠然と立ち去った。
敗れ去ったホワイトランダーの排熱ダクトからは、無理な加速の代償として黒い煙が上がっていた。




