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断罪された社畜令嬢、追放先でスローライフしていたら才能が覚醒しました  作者: 渚月(なづき)


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第7話 裏に潜む罪

手紙を読み返すのは一度で十分だった。

マリスの文面は挑発だが、含まれている情報は無視できない。


「大変なことになる」。具体的に何が起きるのか。

マリスにそれを教えた人間がいる。そしてマリスは、わざわざわたしに伝えてきた。

嫌がらせと見せかけた情報漏洩か。あるいは単なる嗜虐心か。


どちらにせよ、オルヴァンが次の手を打とうとしていることは確かだ。


わたしは手紙を引き出しにしまい、帳簿を開いた。

感情で動いてはいけない。数字を見る。数字だけが確かなものだ。


ポムが机の上にちょこんと座って、帳簿を覗き込むような仕草をしている。

精霊獣に数字が分かるはずはないが、わたしの気持ちを察しているのだろう。


ゲイル商会の動きを時系列に並べ直す。

市場への出店。農家への圧力。そして——まだ来ていない、三手目。


オルヴァンは商人だ。商人は利益で動く。

市場の出店は短期的な赤字を伴う。農家への圧力は人件費がかかる。

これらは投資だ。回収するための次の一手がなければ、意味がない。


翌朝、その答えが見えた。


帳簿の奥に挟まっていた古い契約書。

トーマが几帳面に保管していた書類の束の中から出てきた。

紙は黄ばみ、端が少し破れている。三年前の日付。


ヴェルデン商会がゲイル商会と結んだ仕入れ契約。

表の条項は普通だ。仕入れ価格、納品スケジュール、品質基準。


問題は裏面にあった。

紙を裏返すと、小さな文字がびっしりと並んでいる。本文より明らかに小さい活字で、しかも色が薄い。意図的に読みにくくされている。


付帯条項。


一文ずつ丁寧に読む。法律用語が多い。回りくどい言い回しで本質を隠している。

わたしは一文ずつ、平易な言葉に直しながらメモを取った。


三つ目の条項で、指が止まった。


「契約期間中の取引停止は、違約金として年間取引額の五倍を支払うものとする」


五倍。


わたしの指が冷たくなった。


ヴェルデン商会の年間取引額から計算すると、違約金は商会の資産を遥かに超える。

つまり、支払えない。支払えなければ、商会そのものが差し押さえられる。


この契約はまだ生きている。

わたしたちがゲイル商会との取引を自ら止めれば、莫大な違約金が発生する。


つまり——独自の仕入れルートを作って離れようとすること自体が、罠になる。


ゲイル商会は最初から、出口を塞いでいたのだ。


「カイルさん。至急、お話があります」


朝の商会で、わたしは契約書を広げた。


カイルの顔色が変わった。普段の穏やかさが消え、厳しい表情になっている。


トーマも奥から出てきて、眼鏡を外して目を擦った。


「この条項……わしは気づかなんだ」


トーマの声が震えている。自責の念が滲んでいた。

先代の頃から商会を支えてきた番頭だ。自分が見落とした条項のせいで、商会が窮地に立っている。その重さは、察するに余りある。


「トーマさんのせいではありません。意図的に読みにくく記載されています。法的な知識がなければ見落とす書き方です。おそらくゲイル商会の顧問が、最初からそう仕組んだものです」


わたしは冷静に言った。けれど、内心は穏やかではない。

自分が中央にいた三年間、同じような契約書を何枚も見てきた。そして気づかなかった。見ようとしなかった。

その後悔が、今さらのように胸を刺す。


「逆に言えば、この契約は——」


わたしは言葉を選んだ。


「不当な条項を含んでいる可能性があります。違約金の設定が取引実態に対して著しく過大であれば、契約自体の有効性を問えます。年間取引額の五倍という設定は、どう考えても合理的な範囲を超えています」


「問える相手がいるのか。裁判を起こすにしても、辺境にはまともな法廷がない」


カイルの問いは的確だった。


わたしはエドモン公爵の顔を思い浮かべた。

あの無表情な銀髪の老人。帳簿を正確に読む目。商業制度の番人。


「います。ただし、証拠が必要です。この契約書だけでは足りない」


「何が要る」


「ゲイル商会が組織的に辺境の商会に不当な契約を結ばせていたという証拠です。つまり、うちだけでなく、他の商会にも同じ契約書があるかどうか。一件だけなら『交渉の結果』で済まされる。複数あれば、それは『組織的な不正』になります」


カイルは拳を握った。膝の上で、骨が白く浮き出ている。


「他の商会か……ゲイルを恐れて、協力してくれるか」


「正面から頼んでも難しいでしょう。農家と同じです。報復が怖い」


「じゃあ、どうする」


「方法はあります」


わたしは帳簿を指した。


「市場の公開取引記録です。各商会の仕入れ値は非公開ですが、市場での販売価格は記録が残る。販売価格から逆算すれば、仕入れ値の異常さを数字で示せます。どの商会がどの程度の利益率で売っているか。そこから仕入れ値を推計すれば、すべての商会が同じように上乗せされている構図が見えてくるはずです」


「帳簿から、市場全体の歪みを炙り出すのか」


「はい。状況証拠ですが、公爵に調査の根拠を提供するには十分なはずです。あの方は数字を読める。正しい数字さえあれば、動いてくれると信じています」


カイルが立ち上がった。


「やろう。——トーマ、市場の過去の記録、保管してあるか」


「倉庫にある。全部ではないが、三年分は揃っとるはずだ」


「十分です」


わたしも立ち上がった。やるべきことが見えている。迷いはない。



それから三日間、わたしは市場の記録と格闘した。


朝から晩まで数字を追う日々。

中央の商会にいた頃と似ている。けれど、決定的に違うことがある。


あの頃は、一人だった。

今は、違う。


ルチアが食事を運んでくれた。

「お腹空いたでしょ」と、手作りのパンとスープを毎食欠かさず持ってくる。

時々、覚えたばかりの字でメモを添えていた。「がんばれ」と書いてある。


トーマが黙って資料を探し出してくれた。

商会の倉庫の奥に、きちんと年月順に整理された記録の束。几帳面な性格が、ここで活きた。

トーマはそれを机の上に積んだ後、何も言わずに去る。けれど翌朝には、また新しい資料が追加されている。


カイルは街の商人たちからさりげなく情報を集めてきた。

「ちょっと顔を出しただけだ」と言いながら、他の商会の取引状況に関する断片的な情報をメモにして渡してくれる。

聞き出すのが上手い。力で押すのではなく、自然な会話の中から必要な情報を引き出す。辺境で信頼されている人間にしかできない芸当だ。


深夜、机に突っ伏しそうになった時、ポムが肩から頬にすり寄ってきた。

小さな温もりが、疲弊した頭をわずかに和らげる。

ポムの毛並みからは、森の匂いがする。草と土と、少しだけ花の香り。


「もう少し。もう少しだから」


ポムに話しかけている自分がおかしくて、少し笑った。

きゅう、とポムが答えるように鳴いた。


四日目の朝。


数字が揃った。


ゲイル商会を仲介とする辺境全体の取引価格が、中央の標準相場から平均して三割五分高い。

しかも、過去五年間で段階的に引き上げられている。

初年度は二割の上乗せだったものが、毎年少しずつ上がっている。急激に上げない。気づかれない程度に、じわじわと搾り取る。巧妙な手口だ。


一商会の問題ではない。辺境の商業構造そのものが歪んでいる。


「これを持って、エドモン公爵に会いに行きます」


わたしの声は静かだったが、手は震えていなかった。

覚悟は決まっている。


カイルが上着を取った。


「一人では行かせない」


「……ありがとうございます」


公爵は近隣の城館に滞在していると聞いた。馬車で半日の距離だ。


出発の朝、商会の前で、カイルがわたしの肩に手を置いた。


ふいの接触に体が強張りかけた。けれど、すぐに力が抜けた。


「何があっても、お前の帳簿は間違っていない。それだけは俺が保証する」


肩に触れた手の温もりが、不思議と心を落ち着かせた。

大きくて、荒れた手。帳簿ではなく、人を守るための手。


馬車に乗り込む。ポムが膝の上に丸くなった。


資料を抱えた手に力を込める。


数字は嘘をつかない。それだけを信じて、前に進む。


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