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第1話 不要なわたし
帳簿は嘘をつかない。人は嘘をつく。
二十四年生きて、わたしが確信しているのはそれだけだ。
「リーネ・アシュベル。本日をもって、貴女の商会勤めは不要となりました」
上司の声は事務的だった。
机の上に退職の書類が滑るように置かれる。
わたしの手は震えなかった。
予想していたからだ。
三年間、朝は誰より早く、夜は誰より遅くまで帳簿と向き合った。
休日もなく、数字を追いかけ続けた。
それでも、没落した子爵家の娘に居場所はなかったらしい。
「……承知しました」
ペンだこの残る指で書類に署名する。
わたしの三年間が、インクの一筆で終わった。
荷物はカバンひとつ。
商会の扉を出ると、春なのに風が冷たい。
さて、どこへ行こう。
ポケットの中で、一枚の求人票がかさりと音を立てた。
辺境の街ヴェルデン。聞いたこともない場所の、小さな商会。
足が動いた。迷うほどの選択肢は、もうない。
――知らなかった。あの辺境が、わたしの人生をまるごと変えてしまうなんて。




