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9話 残酷な頼み

 昨日は本当に辛かった。授業になんてまったく集中できない。

 辛かったというのは、内海さんにからかわれたことがじゃなくて、ユウくんと一緒にいるのを見られたことが。


 私は学校や家では仮面を被っている。それをユウくんの前でだけは、その仮面を脱ぐことができる。


 そんな誰にも見られたくない、素の私を見られたことが辛くて、極寒の中に裸でいる気分だ。


 決して誰にも見られたくなかった。

 完璧を求めてくる学校や親とは違い、ユウくんはそんなことを求めてこない。


 だからこそ素直に甘えられたのに。演じていることを知られたくなかったのに。


 チャイムがなったことで、授業が終わっていることに今気づいた。


 ……やっちゃった。

 まったく身が入っていないことを先生にバレてないといいけど。


「あ、いたいた」


 この特進クラスには似つかわしくない、底抜けに明るい声が教室に響いた。

 教室の扉から覗いてるのは、昨日とは違う、ツーサイドアップの髪型をした内海さん。


 教室中にいるクラスメイトがその声の主に視線を送るが、内海さんはさして気にしないようで、机を縫うようにして真っすぐこちらに向かってくる。


「昨日はごめんね、華ちゃんー」


 ……は、華ちゃん?

 昨日初めて会話したばっかりなのに、もう下の名前で呼んでくるの?


 内海さんは交友関係が広いようで、特進クラスにも友達がいるのか、色んな人が彼女に挨拶している。

 それに笑顔で手を振りながら、挨拶を返していた。


 裏表がない内海さんの性格を少し羨ましく思えてしまう。


「お兄さんを恋人だと勘違いしてからかったりして、本当にごめん!」


「ううん、大丈夫だよ」


 にっこりと笑顔を浮かべ、いつものように仮面を被る。


「私とお兄ちゃん、仲が良いからよく勘違いされるの。だから内海さんは気にしないで」


「華ちゃんも先輩と同じで優しい! あ、あたしのことは唯夏でいいよ」


 え、私にも呼び方を強要してくるの?


「えっと……私は内海さんのほうが呼びやす……」


「ゆ・か」


「内海さんのほうが……」


「ゆ~か~」


 内海さんがずいっと身を乗り出して、至近距離まで迫ってきた。

 ち、近い……。


「……唯夏、ちゃん」


「うん、よろしい!」


 あ、圧が凄い……。

 軽く化粧をしているのか、内海さんが近づいて来たとき、仄かにいい匂いが漂った。


 学校の校則で化粧は禁止されているけど、律儀に守っているのは特進クラスの人たちだけなのかも。


「それでね、華ちゃんに頼みがあって来たんだけど」


 内海さんは私の前の席にある椅子を無断で座り始め、勝手に喋り始める。

 正直私としては、仮面を脱いだ姿を見られたからこれ以上関わりたくはないんだけど。


「先輩……お兄さんを紹介してほしいの!」


「……へ?」


 今、なんて言ったの? ユウくんを紹介してほしい?

 内海さんの思わぬ頼みごとに、気の抜けた返事をしてしまった。


「え、と……お兄ちゃんを紹介、してほしい?」


「そうそう、先輩の連絡先教えてよ!」


「うつ……唯夏ちゃんは、お兄ちゃんのことが好きなの?」


「うーん、好きとまでは言えないけど、気になってるって感じかな」


 ……そんな曖昧な感情で紹介してほしい?

 ふざけないでよ。そんなので私のユウくんを盗ろうとしないで。


 絶対にいや。


 私はユウくんのこと好きなのに、世界で一番好きなのに。

 堂々と好きって言えないし、彼女だって言うことだってできないのに。そんな私に紹介してほしいなんて、よくそんなことが言えるね。


「お兄ちゃん、彼女いるかもよ?」


「昨日、先輩は彼女がいないって言ってたよ?」


 しまった。そういえばそんなこと言ってた気がする。


「あっれ~、もしかして……」


 ニヤリと、内海さんは昨日と同じように口元をつり上げて、からかうような仕草をしだした。


「華ちゃんって、もしかしてブラコン?」


「……そんなことないけど」


「うっそだー。お兄ちゃんを取らないでって顔に書いてるよ」


「……ごめんなさい、勝手に他人の連絡先教えるのはマナー違反だから」


「やっぱりブラコンだー!」


 だめだ、こうなってしまっては袋小路。

 私がユウくんの連絡先を教えるのを断ると、ブラコンだとからかわれてしまう。けど教えてしまうと、唯夏ちゃんはユウくんと恋仲になってしまう可能性が。


 言いたい。今すぐに言いたい。

 私はユウくんの彼女だって、私は誰よりもユウくんのことを愛してるって。


 兄妹だってバレてなかったら、もし私とユウくんが兄妹じゃなかったら、声高にそう叫ぶことができたのに。


「華ちゃん、お兄ちゃん大好きなのはいいけど、兄離れしないと」


「だからブラコンじゃないってば」


「じゃあ連絡先教えてよー」


「……わかった」


 いや、いやなのに……唯夏ちゃんにもし、ユウくんといるときと学校での私は全然違うことを広められたら、そう考えたら断れなかった。


「やった、ありがとう! あ、そうだ……」


 もう、勘弁してほしい……。

 なのに、唯夏ちゃんはさらに私にとって辛い頼みごとをしてきた。


「あたしが先輩と付き合えるように応援してよ」


 どうして……どうして私に、そんな残酷な頼みごとをしてくるのか。

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