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8話 華と内海さん

 バイトが終わるまで残り五分ほど。レジにただ突っ立っているだけの俺には、短いようでこれが果てしなく長く感じられ、意味もなく何度も時間を確認してしまう。

 

 昨日は興奮した華をずっと宥めたことが原因か、今日はバイト中ずっと気怠かった。

 

 隣のレジでは、内海さんが常連のお客さんと楽しく談笑していた。

 彼女はまだバイトを始めたばかりなのに、もう店に馴染んでいるようで、よくお客さんに話しかけたり話しかけられたりする姿を見る。


「すいません、ファミチキ二つください」


 横目で内海さんのようすを見ていたせいで、お客さんが来ているのに気付かなった。


「いらっしゃいませ、ファミチキ二つですね」


「あ、あと……店員さんのスマイルも一つ追加で」


「は?」


 あー、これはまた面倒なお客が来たかなー。

 などと思いながら眉間に皺を寄せて顔をあげると、そこには見知った顔がいた。


「えへへ、お兄ちゃんお疲れ様」


 学校終わりなのか、目の前にいる華は学校の制服を着ていた。

 悪戯が成功したのが嬉しいようで、俺の顔を見て嬉しそうに顔を綻ばせる。


「ほらほら、店員さんはちゃんと笑顔で接客しないと」


「はは、そうだな」


 華の顔を見ただけで自然と顔が緩んでしまう。

 接客用の笑顔ではなく、自然と湧き出る笑顔を浮かべたままアルコールスプレーで手を消毒しトングを掴んだ。


「ファミチキ、二つとも同じ袋に入れていいかな?」


「別々の袋に入れてくださいー」


 言われた通りにファミチキを別の袋に入れていく。

 それにしても、二つも食べるのだろうか。もうそろそろ夜の十時に差し掛かる。こんな時間に食べるなんて、若いって素晴らしいな。


 それから瞬く間に時間は過ぎ去り、バイトを終えた俺は私服に着替えて店を出た。


 店を出てすぐ近くで、さきほど買ったファミチキを頬張っている華を見つける。


「お疲れ様。はい、お兄ちゃんの分」


 華から開封されてない方のファミチキを渡される。二つ買ったのは俺の分だったのか。


「ありがとう」


 それを受け取り、俺もファミチキに齧りついた。鶏肉の柔らかい食感と肉汁の旨味が口いっぱいに広がる。


「わざわざ待っててくれたんだ」


「うん、お兄ちゃんと一緒に帰りたかったから」


 俺の家は華の家から近いといっても、ここから同じ道というわけではない。


「もう夜も遅いし、華の家まで送ってくよ」


「……今日、お兄ちゃんの家、泊まっちゃダメ?」


「だめ。明日も学校だろ」


 明日学校じゃなかったとしても断ってたけど。昨日のようにまた襲われたら堪ったもんじゃない。


「お兄ちゃんのケチ。……あれ、今日は廃棄弁当、持って帰らないんだ」


「うん、今日はあんまりいいのがなかった」


「じゃあじゃあ、私が作ってあげる!」


「え、いいよ。もう遅いし、帰った方がいい」


「作ったらすぐ帰るから、お願い!」


 華がパンッと手を合わせてお願いしてくる。

 うーん、確かにこのままだと、俺のご飯はカップラーメンとかになってしまう。


 作ってもらって一緒に食べて、そのあと送ればいいか。


「じゃあ、お願いしようかな」


「わーい、ありがとう! 美味しいの作るからね!」


 作ってもらうのは俺なんだし、お礼を言うのが逆のような気もするけど。

 なんて苦笑いしてると、華が強引に腕を組んできた。


「えへへ」


 俺の腕に頬を寄せ、スリスリと甘えてくる。

 それがいけないことと思いつつも、まあこれくらいなら、と甘やかしてしまう。


「あれ、先輩。まだ帰ってなかったんですか?」


 そう声をかけてきたのは、今日同じシフトに入っていた、私服に着替えた内海さんだった。


 俺の腕にしがみつく華の存在に気付き、大きな瞳をさらに大きく見開いた。しかしすぐにその目を細めて、口角を吊り上げる。


「あっれー、もしかして彼女さんとイチャイチャしてた最中でした? しかも相手は女子高生じゃないですか、先輩って実は女たらしなんですか?」


「いや、彼女っていうか……」


 彼女ではなく妹だと否定しようとすると、内海さんは急に華に近付き、その顔を覗きこんだ。


「え、な、なんですか……?」


「んー?」


 困惑する華を余所に、内海さんはじろじろと無遠慮にその視線をぶつける。

 そしてなにかに納得したのか、胸の前で思いっきり両手を叩いた。


「あー、やっぱり! 姫野さんじゃん!」


「え……?」


「あれ、華と知り合いだったの?」


 初対面で華の苗字を知ってるはずがない。内海さんと華は知り合いと思われるが、心当たりがないのか、苗字を言い当てられた本人は困惑している。


「え、知らないけど……」


「えー、ひどーい! 姫野さん、あたしのこと覚えてないのー!?」


 わざとらしく泣くふりをする内海さん。

 今度は逆に、華が少し遠慮がちに内海さんの顔を覗きこんだ。


「……もしかして、内海さん?」


「あはっ、すごい! よくわかったね!」


 相手が自分の知り合いだと気付き、華は少しバツが悪そうにしている。


「なんだ、やっぱり二人は知り合いだったんだ」


「そうなんですよ。姫野さんとは同じ学校の同級生なんですよ」


「こらこら、そしたら思い出せなかった華が失礼じゃないか」


 同級生だったら、名前を知らなくても顔くらいは知ってるはず。


 俺の言葉に、華が抗議を上げるように声を荒げた。


「だって……っ!」


「それは仕方がないんですよ。同じ学校って言っても、あたしは落ちこぼれの普通コースで、姫野さんは秀才が集まる特進コース。一度も同じクラスになったことはないし、授業も違うので」


 へー、そうなんだ。ならわからなかったのも無理がないのかな。

 内海さんが自分の通ってるコースを落ちこぼれと称したのは気になるけど。


「逆によくあたしの名前を知っていたんだなって驚きました。学校とは違う髪型だし、気付かれるとは思いませんでした」


 内海さんは両手で頭の横の髪を軽く掴み、いわゆるツーサイドアップの髪型を作ってくれた。


「内海さんって明るいし、目立つし、クラスの中心人物だから嫌でも目に入るよ」


「姫野さんに言われたら嫌味っぽく聞こえちゃうなー」


「どういうこと?」


 俺の疑問に、内海さんが学校での華のようすを教えてくれた。


「姫野さんって、秀才が集まる特進コースでも頭一つ抜けて頭が良くて、運動もできるんですよ。しかも美人でスタイルが良くて、それを鼻にかけない。もうアニメとか漫画の世界から出てきたんじゃないかって人なんですよ」


 内海さんの褒め言葉に、華は乾いた笑いをする。

 それは褒められて照れているとかではなく、困っているようだった。


 いつのまにか華は俺の腕から離れ、居心地悪そうにしている。


「それにしても……」


 またもや内海さんの目が怪しく光った。口元に手を当て、クスクスと笑っている。


「そんな姫野さんに彼氏がいたなんて。しかも、年上の大学生……彼氏の前だとこんな風に甘えるんだー」


 華は辛そうに視線を落とし、自分を守るように右手で左腕をぎゅっと掴み縮こまった。


「俺と華は兄妹だよ」


「……え?」


 予想外な俺の言葉に、さきほどまで細められていた内海さんの目が大きく見開かれる。

 そして隣では、身体を強張らせるのがわかった。


「俺と華は兄妹だから付き合ってるわけではないよ。俺には彼女いないし」


「え、あー……そうなんですね。あはは、あたし勘違いしちゃった?」


 小悪魔的な笑みは鳴りを潜め、一転して申し訳なそうな表情に。

 内海さんはその小さな頭を下げる


「兄妹なんですね。からかってごめんなさい」


「え、全然大丈夫だよ」


 むしろなぜ謝られたのかわからない。知り合いが恋人といたら、からかったりしたりするんじゃないかな。


「なんか二人の雰囲気が兄妹っぽくなかったというか、恋人みたいな距離感に見えたんですよね」


 ……やっぱり俺たちの距離は近いのか。

 内海さんに指摘されて、改めて兄妹として間違っている気がしてきた。


 でも、どうしてだろう。

 間違っていると思うたびに、改めないと思うたびに、心がチクチクと痛むのは。


 内海さんにからかわれ続けたのが辛かったのか、いまだ華の表情は優れない。

 そんな華を察して、内海さんはまたもや謝罪する。


「……ほんとごめんね姫野さん。あたしお邪魔みたいだから帰るね。先輩、お疲れさまでした!」


 踵を返した内海さんは、その場から逃げるように去って行った。


「……お兄ちゃん、ごめん。私も今日は帰るね」


「あ、うん。送っていくよ」


「ううん、大丈夫。一人になりたいから」


 俺の返事も聞かずに、華もその場を離れて行った。

 ただ呆然とその後ろ姿が闇夜に溶けていくのを眺め続けた。


 うーん、今日はカップラーメンだな。

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