6話 衝撃の事実
採点機能を付け、一番自信のある曲を入れた。
俺はこの曲で八十点以下を取ったことがない。それがもし学校のテストの点数と考えてみてほしい。誰もが喜び、狂喜乱舞するだろう。
つまり、そういうことだ。
負ける要素なんて、ない。
聞きなれたメロディーがスピーカーから流れ、俺は自信満々に歌い切った。
そして、液晶に映る八十一という採点。
「……ふ」
これは勝ったな。高得点に思わず鼻で笑ってしまう。
学校でテストの答案が返ってきて、八十一という点数に誰が落ち込むことがあるだろう。
少々大人気なかったかな?
俺はちらりと、横目で華の表情を窺ってみたが、さして慌てるようすもなく涼しい顔をしていた。
「私はこの曲を歌おうかな」
俺の点数に興味がないのか、華はさっさと採点画面を消して自分が歌う曲を入れ始めた。
華が入れた曲は、テレビやネットの広告でたまに耳にする曲だった。
さきほどとは違うパワフルな歌唱。その細い身体のどこからそんな力強い歌声が出てくるのかと不思議に思ってしまう。
歌い終わった華が、ゆっくりと息を漏らす。
液晶画面には採点が表示され、九十二という点数が与えられていた。
「う、そ……だろ?」
あまりの高得点に驚く俺を余所に、華はさも当たり前といった感じで画面を眺めていた。
「まあ、こんなもんかなー」
「え、そんな反応……?」
もっと喜んでもおかしくない? 俺だったら小躍りしちゃうんだけど……。
「じゃあ、勝負は私の勝ちということで……」
「さん……」
「え?」
「三本、勝負だから……」
これは、機械の故障だ……。
だから……今のは、ノーカン……!
「お、お兄ちゃん、ずるくない……?」
「い、言い忘れてただけだから……!」
つ、次やったら……俺が勝つはずだから……っ!
「お兄ちゃん、そこまでして勝ちたいんだ……。別にいいけど……」
苦笑いしながらも、華は泣きの勝負を受け入れてくれた。
俺はカラオケに絶対の自信があったんだ。その鼻っ柱をポキリと簡単にへし折られたとあったら、ズルしてでも勝ちたいと思うじゃないか。
しかしどうする。一番自信があった曲はさっき歌ってしまった。
こうなったら少し得点は落ちるが、別の曲を入れよう。
そして俺が歌い切った液晶画面には、七十八点という数字が映し出された。
多少点数は落ちてしまったが、及第点。
学校での点数で、誰がこの結果に不満を覚えようか。
「次は私の番だね」
余裕綽々で歌い切った華の点数は、さきほどよりも高得点の九十四点だった。
「で、どうする? 三本勝負だったとしても、二本連続で私が勝ったから勝負は決まっちゃったけど」
「華……」
「んー、なにー?」
「最後に勝った方が、勝者ということにしてくれませんか……?」
めちゃくちゃ情けない話だが、こうするほか俺に勝ち目がない。
勝ち誇ったように、華はニヤニヤとしながら、わざとらしく顎に人差し指を添えて悩む振りをし始めた。
「えー、どうしようかなー。一度譲歩してるしなー」
「そこをなんとかー!」
もう土下座する勢いで、俺は頼み込む。
「うーん……じゃあ、勝った報酬をキスじゃなくて、ディープキスにしてくれたらいいよ」
「ディープ、キス……」
もう完全に兄妹のキスから逸脱している。華の理不尽な要求に抗いたいが、俺は飲むしかなかった。
そうしないと勝負をしてくれないから。
「わ、わかった……」
「やった!」
もう勝った気でいるのか。華はカラオケで九十点台を取ったときよりも喜んでいる。
しかしどうする?
俺の手札はもう出し尽くした。これ以上高得点を出せる曲はない。
「その、華さん……俺だけ同じ曲でもOKにしてくれませんか?」
「お兄ちゃんだけ? うん、別にそれでもいいよ」
負けるなんてことは微塵も考えていないのだろう。華は二つ返事で快諾してくれた。
よし、これなら大丈夫。
一番初めに歌った曲で、また八十点台を出せばいいんだから。
が、しかし悲しきかな。後がない俺は、緊張で声はブレブレ、調子が外れた歌い方をしてしまった。
そんな状態で良い得点なんて出るわけもなく、無情にも点数は七十四点で終わってしまった。
「お兄ちゃんに引導を渡してあげようか」
意気揚々と立ち上がった華が歌い始める。
歌声を右から左に聞き流しながら、なにがいけなかったか考えを巡らせると、ある一つの原因に思い至る。
ああ、わかった。俺がなぜ負けたか。
順番だな……。
最初に歌ったのがまずかった。
古来より伝えられている王道の展開。漫画やアニメでも、最初に披露した方が負けるのが鉄則なんだ。
華の点数を見るまでもなく、俺は負けたことを察した。
燃え尽きたぜ……真っ白にな……。
「だから私は採点機能を付けるのイヤだったの」
勝負に勝った華が、上から目線で忠告してきた。
「お兄ちゃんが音痴だって気付いちゃうのが申し訳なくて」
「え、俺、音痴だったの?」
「まだ気付いてなかったの!?」
衝撃の事実。
上手いと自負していた腕前が、実はとてつもなく下手だったという現実に泣きそうになる。
「だって、ヒトカラしたときに採点機能を付けたけど、平均七十点台を取ってたよ」
平均七十点っていうと、学校で自慢できる点数じゃない?
だから俺も音痴だなんて露程も思わず、気づくことができなかった。
「カラオケで七十点はちょっと音痴かな。みんな八十点くらいは余裕で取れちゃうよ」
「カラオケって進研ゼミの世界だったの!?」
あの世界だと七十点で低いって落ち込んでるけど、カラオケもそういう世界だったのか!
「で、でも、気にしないで! 声はすっごい良いから、お兄ちゃんの歌はずっと聞いてたくなるの!」
や、やめてくれ……。その優しさが、フォローが、すごく傷付くから……。
「お兄ちゃん、音程が上手く取れてないのかな? ミって音程を出してみて」
「ミー」
「うーん、それはドかな。私が一度言ってみるから、真似してみて」
いつのまにか華による歌唱レッスンが始まっていた。
ただ「ミ」と口ずさんでいるだけなのに、華が声に出すと、どうしてこうも綺麗に聞こえるのだろうか。
華に続いて、俺も同じように「ミ」の音を口ずさむ。
「やっぱりドの音を出してるね。お兄ちゃん、一オクターブ下でもいいから私の音を真似するんだよ?」
「……? そんなの無理じゃないか」
「お兄ちゃん諦めないで、無理じゃないよ!」
「そうじゃなくって。華の声は女性の声なんだから、真似するなんて出来ないよ」
俺は男性なんだし、どうしたって華のような声は出せない。それこそ、華の声帯と取り替えないと。
「……お兄ちゃんって、音痴の上にバカなの?」
酷い言われようである。




