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5話 俺の方が上手い

 日が変わり、あるお店に入店すると、今流行りだと思われる曲が店中に流れていた。

 俺の腕に抱き着くように隣で歩いている華が、嬉しそうに頬を緩ませている。


「お兄ちゃんとの久しぶりのデート、嬉しいな」


「デートじゃなくて、遊びに来ただけだから」


 兄妹ではデートとは言わない。


 今俺たちが来ているのは、老若男女問わず訪れるカラオケ店。

 華が久しぶりに遊びに行きたいとせがんできたので、デートじゃないならと了承した。


 学校が終わったあとにもかかわらず、華は制服ではなく、一度家に帰ったのか私服だった。


 白いワンピースに、ブラウンのカーディガン。左の手首には可愛らしい腕時計を身につけている。


「お兄ちゃんは細かいなー。デートも遊びも一緒だよ」


「全然違うよ。兄妹で遊ぶことをデートとは言わないから」


 俺の訂正に華は少し不機嫌そうに頬を膨らませるも、思い直したようににこっと微笑んだ。


 ……これでいいんだ。

 少しずつでもいいから、華には俺たちが兄妹であることを認識させないと。


 なんてことを考えながらも、絡み合った腕から伝わる華の感触や温かさが心地よくて、俺もまだ華のことが好きなんだと思い知らされる。


 受付で俺たちの前の組みがカラオケの機種をなにをするかと選んでいるのを並んで待っていると、後ろに並んでいる二人組の女性の会話が漏れ聞こえてきた。


「ねぇ、見てみて。前のカップルすっごく仲良くない?」


 どうやら後ろの女性たちは、俺たちのことを話しているようだ。


 カップルと見られたことが嬉しかったのか、華はだらしなく頬を緩ませる。


「え、カップルなの? 女の子の方、お兄ちゃんって呼んでなかった?」


「あれ、そだっけ。じゃあカップルじゃなくて兄妹なんだ。だったら……」



 ――――気持ち悪くない?



 その言葉に、俺たちの時が止まった。


「私も弟いるけど、あんな風に腕を組まないし、なんか気持ち悪ー」


「ち、ちょっとやめなよ……」


 もう一人の女性が制止したからか、後ろの二人はそれ以上俺たちを話題にすることはなかった。


「…………」


 気持ち悪い、か……。

 そう、だよな。やっぱり間違ってるんだ、俺たちの関係は。


「なあ、華……」


 腕を組むのをやめないか、と提案しようとして口を噤んでしまう。

 絶対に離さない、と言わんばかりに組んでいる腕に力が込められたのがわかったから。


 華の顔色を窺うと、泣きそうでもなく辛そうでもなく、なんでもないといった表情をしていた。


 ようやく前の組が機種を選び終え、俺たちの番になり受付を済ませた。

 

 伝票に書かれた番号のカラオケルームに入ると、華はさっきの嫌なことを払拭させようと明るい口調で話しかけてきた。


「お兄ちゃん、ほら歌おう!」


 ……そうだな。折角遊びに来たんだし、嫌な気持ちは引きずりたくはない。


 ソファーに肩を並べて座る。その距離は、恋人にしては少し遠く、兄妹にしては少し近い。


 さて、なにを歌おうかな。

 と、思っていると、ドアがノックされ、グラスが二つ乗っているお盆を持った店員が入ってきた。


 いつのまにか華がタブレットで注文してくれていたのだろう。

 テーブルに置かれたグラスの中には、俺の分と思わしきコーラと、オレンジジュースが運ばれた。


 オレンジジュース……?

 華はこういった子どもっぽいのより、アイスコーヒーなどをよく飲んでいるイメージだったけど。


 店員が出て行ったのを確認したあと、華に聞いてみた。


「珍しいね、華がオレンジジュースなんて」


「なんとなく飲みたくなってきて」


 まあ、たまには趣向変えて飲みたくなるか。


 あまり深く考えず、俺は部屋に備え付けられたマイクを手に取り、曲を入れようとしたところで勝手に曲が流れた。


「お兄ちゃん、いつもこれを最初に歌うよね」


 さすが、よくわかってらっしゃる。

 

 さきほどまでの嫌な言葉を吹き飛ばすように、俺はマイクに向かって声を張り上げた。

 一八番の曲を気持ちよく歌い終わったところで、華がパチパチと拍車を送ってくれる。


「わー、いいね! 次これ歌って」


「次は華が歌えばいいじゃんか」


「お兄ちゃんの歌声が聞きたいのに」


「俺は逆に華の歌声が聞きたいな」


「もうしょうがないなー」


 備え付けられたマイクを手に取った華が、いつもよく歌う曲を入力する。


 彼女が歌いだした瞬間、透き通った声がカラオケルームを包み、メロディーと一体となった歌声は芸術のように思えた。

 歌に詳しくない俺でもわかるほどの上手さ。


 アーティストと言われても遜色ないほど、華の歌声は聞いてるだけで心地よさを運んでくれる。


 ……けど、俺の方が上手い!

 なぜならカラオケの採点機能を付けると、毎回七十点後半から、調子が良いときは八十点を出してしまうほど。


 華とカラオケに行くと採点機能を嫌がるので付けることはないが、ヒトカラでは毎回採点を付けているため、自分の歌の上手さを知っている。


 今回、俺がカラオケに行くことを了承したのは、華に勝負を挑むため。

 カラオケの採点勝負。

 勝った方が、負けた方になんでも言うことを聞かせられる。


 華が歌い終わったところで、勝負を持ち出してみた。


「なあ、華。カラオケの採点勝負をしないか?」


「……へ?」


 俺の予想外な提案に、華が目を大きく見開き、キョトンとして固まってしまった。


「えー、と……。採点機能は付けない方がいいんじゃないかなー……」


「勝った方は、負けた方になんでも言うことを聞かせられるって言ったら?」


「やる」


 即答されてしまった。


「お兄ちゃん、本当になんでもいいの?」


「高いバッグを買ってとか、無茶なお願いは無理だけどね」


「いいよ、それでも。お兄ちゃんが勝ったら私になにを頼むつもり?」


「兄妹の関係に、戻る……とか」


 さすがに無理かな?

 華はなにがなんでも別れることを嫌っている。だから、俺の頼みも断られると思ったが、意外にも二つ返事で了承してくれた。


「うん、いいよ」


「え、本当にいいの?」


「うん。お兄ちゃんが勝ったら、ね」


 よかった。これで俺たちは本来の関係に戻れる。なぜなら俺が負けることなんてあるはずがないんだから。


「じゃあ私が勝ったら、チュー……してもらおうかな?」


「うえっ!? ち、チュー!?」


 思いがけない内容に、俺の声が上擦ってしまった。


「い、いやさすがに……兄妹で、キスは……」


 戸惑ってしまった俺の唇はもにょもにょと口ごもる。


 俺たちが兄妹とわかった日から、性行為はおろか、キスをすることも禁じた。


 華が出した条件に、思わず恋人のときに味わっていた唇の感触が思い起こされる。


 久しく華の唇を味わってないなー……て、だめだだめだ、兄妹でキスなんて!


「お兄ちゃん、兄妹でキスなんておかしくないよ?」


「おかしいでしょ。普通、キスなんてしないって」


「親が子どもにキスするのはおかしい?」


「それは、おかしくない」


「じゃあ、兄妹がキスするのもおかしくないよ」


 そう、なのか……?

 て、よく考えれば親が子どもにキスって言っても、それは子どもの頃だけのような……?


「お兄ちゃん、あまり深く考えないで。ほら、早く勝負しよ!」


 考えを巡らせるのを中断させるように、華がマイクを押しつけてきた。


 まあ、いいや。俺が勝てば問題ない話。

 俺が負けることなんて万が一にもないことなんだから。

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