4話 後輩はモテそう
「お疲れさまでしたー」
バイトがようやく終わり店を出ると、夜の帳が下りていて辺りは暗闇を包んでいた。
右手にはバイトで出た廃棄弁当が入ったレジ袋を下げている。
俺がコンビニバイトを続けている理由が、店で貰える廃棄の食品。
中には貰えない店とかもあるらしいが、うちでは気軽に持って帰っていいと許可されている。
そんな廃棄弁当ばかり食べているのを心配してか、華が家で料理を作ってくれるようになったんだけど。
……これからは、あんまり華に作ってもらうのも遠慮しないとな。
「あー、もう最悪!」
店を出て少し歩いた先で、暗がりでよく見えないが、自転車の前でなにやら悪態を吐いている人がいた。
がっくり項垂れている人物に近付くと、それはさきほどまで一緒にバイトをしていた内海さんだった。
「内海さん、どうしたの?」
「あ、先輩。自転車が壊れちゃったんです……」
パンクでもしたのかなと思ったが、どうやらそうではないみたいだ。
俺もあまり自転車に詳しくないけど、パッと見ただけで原因がわかった。
後輪とペダルの辺りで繋がっているチェーンが無残に垂れ下がっている。
どうやらチェーンが外れてしまったようだ。
「もう自転車屋も閉店してるし、このまま押して歩いて帰ります……」
内海さんは意気消沈したようすで、肩を落とし自転車のハンドルを握った。
「あ、内海さん待って。俺でよかったら直すよ」
「直せるんですか!?」
自転車のチェーンを直すぐらいなら俺でも多分できるだろう。
カチャリ、と小気味よい金属音を鳴らせながら、俺は自転車のスタンドを立てる。
傍らに廃棄弁当が入ったレジ袋を置き、屈んでじっくり見てみると、チェーンが力なく項垂れていた。
内海さんが乗っている自転車は、ママチャリということもあってか、簡単な構造をしていた。
後輪のギアにチェーンを強引に引っ張り上げ噛み合わせる。そして、ペダル近くのギアにチェーンを噛み合わせながらペダルを逆回しすると、すとんとチェーンが元通りに直った。
「たぶん、これで大丈夫かな」
「わー、ありがとうございます!」
上機嫌になった内海さんが、飛び跳ねる勢いで喜んでくれた。
「また先輩に助けてもらっちゃいましたね。これがゲームだったら好感度上がってますよ!」
これがゲームだったら?
ということは、現実だから内海さんの好感度は一切上がっていないのか。
「あ、ちょっと残念に思いました?」
「あはは、内海さんみたいな可愛い子の好感度が上がらなかったのはちょっと残念かな」
内海さんの冗談を軽く流すために言ったつもりなのだが、俺の言葉を本気に捉えたらしく、彼女は少し申し訳なそうにしだした。
「う、嘘ですよ。ちゃんと好感度上がってますよ」
「それは嬉しいな」
もちろんこれも社交辞令ということはわかっている。
こんなことで好感度が簡単に上がるなら、初めての彼女が華じゃなかっただろう。
「て、あれ? 先輩、手が真っ黒……」
内海さんが俺の手を指差した。
指摘されて見てみると、確かに俺の手は真っ黒に汚れている。
「ああ、チェーンを触ったからね。仕方ない」
「ご、ごめんなさい、あたしのせいで汚してしまって……。あの、これ使ってください」
そう言って内海さんはハンカチを差し出してくれた。
「大丈夫だよ。家に帰って手を洗えばいいだけだし、ハンカチが汚れちゃうから」
「なに言ってるんですか。ハンカチは汚れるためにあるんですよ」
丁重に断る俺の意見を無視して、内海さんは強引に俺の手首を掴んだ。
指の一本一本をハンカチで丁寧に拭き取ってくれる。
内海さんの体温が感じられるほどの距離。
視線を落とした彼女の睫毛は長く、そのあまりに距離の近さに思わずドギマギしてしまう。
黒く染まった俺の手は中々汚れが落ちてくれないが、それでも内海さんは何度もハンカチで指を拭いてくれた。
「はい、これで綺麗になりました」
「あ、ありがとう」
内海さんのようすに見惚れて呆然としていた。
「お礼を言うのはあたしですよ」
にっこりと微笑む内海さんの笑顔が眩しくて、俺は思わず目を逸らしてしまう。
コロコロと表情を変える彼女は見ていて飽きない。
まだ知り合って間もないが、誰に対しても分け隔てなく接してくれるその態度から、内海さんはモテることが窺えた。
「じゃあ、あたしは帰りますね。お疲れ様です!」
内海さんは自転車のサドルに跨り、手を振ってその場から離れて行った。
その後ろ姿が暗闇に溶け込むまで、俺はただ黙って手を振り続けた。




