3話 後輩
華が朝食を作りに来てくれた日の夜。
「いらっしゃいませー」
コンビニの店内に響く入店音のチャイムが聞こえ、それに条件反射で挨拶をする。
一人暮らしをきっかけに始めたコンビニバイト。
家賃などは親父が払ってくれているが、生活費等は自分で払えとのことなので、家から遠くも近くもない場所にあるコンビニバイトを選んだ。
なぜ近くにあるコンビニではないかというと、辞めたとき気まずくなって利用できなくると面倒なので、今後絶対利用しないであろう近くない、でも遠すぎると通勤がしんどいので、結果、遠すぎずしかし近くもないこのコンビニでバイトを始めることに。
それを同じバイトの後輩に言うと。
『先輩って、小賢しいですね』
なんて言われてしまった。
「せーんぱい、これってどうやればいいんですか?」
そんな俺の考えを一蹴した、バイトの後輩である内海 唯夏が品出しをしている俺に声をかけてきた。
肩まで伸びた髪は少し茶色に染められていて、パッチリとした大きな瞳に少し目尻が上がったつり目は猫を彷彿とさせる。
「内海さん、なにかわからないことでもあった?」
「宅急便なんですけど、やり方わからなくて」
内海さんの手には宅急便の伝票が握られていて、まだバイトを初めたばかりでやり方を忘れてしまったらしい。
レジを見るとお客さんを待たせている状態で、不安そうな面持ちで俺たちのやり取りを眺めている。
「ああ、宅急便か。やり方教えるから一緒にレジに戻ろうか」
「ありがとうございます!」
新人ではなさそうな俺がレジに行くと、不安そうにしていたお客さんが一安心したようにほっと胸を撫でおろす。
「伝票に記入してもらったら、荷物のサイズを測ってそれをここに記入をするんだ」
懇切丁寧にやり方を内海さんに教えてあげつつ、俺はテキパキと伝票のサイズを測ったりして作業を進めていく。
「それで一番上の伝票を切り取って、ハンコを押してお客さんに渡して」
言われた通りに内海さんはハンコを押して、伝票をお客さんに渡し、なんとか無事に終えることができた。
「ありがとうございましたー」
お客さんが去って行った後、内海さんは俺に向き直り、改めてお礼を告げてきた。
「せんぱいー、困っていたんで助かりましたー」
「宅急便なんて、一ヶ月に一回くるかどうからしいから忘れてしまうよね」
「ほんと、やり方を全然覚えてなかったんで焦りましたよ!」
「またわからないことあったら気軽に聞いてよ」
「やさしいー、そんな風に言われたら百回くらい聞いちゃいますよ?」
「あはは、全然いいよ」
「えー、ほんとうですかー? 百回も聞かれたら怒りません?」
「怒らない怒らない。むしろわからないのに勝手に自分で判断して行動される方が困るかな」
「先輩って喜怒哀楽の怒を、お母さんのお腹に中に忘れてきたのかなってくらい怒らないんですね」
それって褒められてるのかな? むしろ貶されてるような気が。
でも、いたずらっぽく笑う内海さんの表情が華と重なって見えて、なんでも許してしまいそうだ。
「それにしても、意外とコンビニバイトって覚えること多くて大変なんですね」
「わかる。サービスが多すぎるよね」
宅急便やらメルカリやら予約やら、コンビニの業務は過剰サービスな気がする。
「あと気になってたのが、よく聞くいつも同じ商品を買ってたりすると、そのあだ名を付けられるって本当なんですか?」
「うーん、どうだろう。同じ商品を買ってても俺は気にしないかな」
コンビニバイトを始めて驚いたのが、いつも同じ商品を買う常連客の多さ。
当たり前すぎて、いちいち面白がったりしない。
むしろタバコなど、毎回同じのを買うお客さんの場合には、レジに来る前に用意してあげるほど。
「そうなんですね。じゃあ、店員がお客さんにあだ名を付けたりするのって嘘なんだ」
「いや、あまりにも変なお客さんとかだったらあだ名を付けたりするよ」
「どんな変なお客さんがいました?」
内海さんが首を傾げながら、その大きな目で俺を覗きこんでくる。
「マイケルジャクソンの曲をスマホのスピーカーで流しながら店に入って来て、ムーンウォークしながら店内を一周したあと、最後に『ポゥ』て叫んで何も買わずに出ていく人とか(ガチ)。店の前で嘔吐して、そのまま逃げる人とか(ガチ)。トイレでおしっこをまき散らす人とか(ガチ)」
俺が遭遇したエピソードを紹介してあげると、内海さんはウゲェ、と心底嫌そうにしかめっ面を浮かべた。
「うわ、そんな変な人とかいるんですね。なんか辞めたくなってきました……」
「大丈夫大丈夫。そんな変な客、滅多に来ないし」
マイケルジャクソンの客は未だに来てるけど。
それを教えてしまうと、内海さんが辞めてしまう可能性があるから秘密にしておこう。
「先輩って、次はいつシフトに入ってます?」
「えっと、確か……明後日かな」
「よかった! その日はあたしも入ってるんで、またわからないことあったら助けてもらおっと」
冗談なのか本気なのかわからないけど、内海さんは目を細めて意地悪っぽく笑う。
「店長とかにわからないこと聞いても、ちょっと不機嫌になって聞きにくいんですよね」
「あの人、気難しいところあるからね」
「そうなんですよ。まだ新人なんだから丁寧に教えてくれてもいいじゃないですか!」
そのあとも、バイトの仕事を続けつつ、内海さんの愚痴を聞き続けた。




