18話 繋いでいる手は
通り雨だったらしく、最寄りの駅で降りるころには分厚い雲はどこかに過ぎ去り、辺りは静寂としていた。
内海さんの家は俺と同じ最寄り駅だったようで、彼女を家に送ったあと、徒歩で帰ることができそうだ。
示し合わせたわけでもなく、確認をしたわけでもないのに、自然と俺と内海さんは手を繋ぎ合っている。
内海さんの手はとても小さくて、儚く感じる。
繋いでいる手から伝わる内海さんの体温が心まで温かくしてくれているようで、手を繋いでるだけなのにとても落ち着く。
……なのに、心の隅がざわざわとしている。
この繋いでいる手は、華とは違う。
いけないことだとわかっているのに、考えないようにしているのに、脳裏にずっと華の顔が浮かぶ。
「先輩?」
内海さんの声で、浮かんでいた華の顔が消え去り、現実に引き戻された。
「どうしたんですか? ずっと難しい顔していましたけど」
内海さんは不安そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。
そんな内海さんを安心させるように、俺は首を振りにっこりと微笑んだ。
「ううん、なんでもないよ」
「それならいいですけど……。あの、家まで送っていただいてありがとうございます」
気づけば内海さんの家の前まで来ていたらしい。
これでお別れか。
繋いでる手が名残惜しくて、お互いに離れられずにいた。
内海さんの親指が、俺の親指をずっと撫でている。
甘えるようにしてくるその仕草が、可愛くてくすぐったい。
「あの、先輩……」
内海さんの頬に赤みがさし、消え入りそうな声で、上目遣いで俺を見つめてくる。
「その……な、なまえ……」
「なまえ?」
「あたし、なまえ……」
「……?」
最後のほうは消え入りそうではなく、本当に消えていた。
内海さんがなにを言いたいのか、聞き取れない。
最終的に、内海さんは首を思いっきり左右に振りだし、清々しい笑顔を向けてくれる。
「いえ、なんでもないです」
「そ、そう?」
「はい!」
なんだろう。内海さんはなにを俺に言いたかったんだろう。
「先輩は家に帰ったあとはなにをする予定ですか?」
「ご飯を食べてお風呂入って寝るだけかな」
「いつも自炊ですか?」
「ううん。スーパーとかコンビニで買ってる。あとはコンビニの廃棄だね」
「えー、それは栄養偏っちゃいますよ」
急に内海さんがもじもじとし、繋いでいる手の親指で、今度は俺の手の甲を撫で始める。
「その、今度……作りに行きますね」
「……うん、ありがとう」
チクリ、と心が痛んだ。
またもや脳裏に浮かぶ華の顔。
俺の食生活を心配して、キッチンで楽しそうに料理を作ってくれる姿が思い浮かぶ。
そんな心の痛みを無視して微笑みを浮かべた。
「あの、ご飯とかお風呂が終わったあとでいいんで……つ、通話しても、いいですか?」
「通話?」
内海さんが繋いでない方の手を突き出し、ワタワタと振り始めた。
「あ、でも! すぐに寝るなら大丈夫ですから! 暇だったら! すっごく暇だったらでいいんで!」
内海さんの慌てふためくようすがおかしくて、俺はクスッと笑ってしまう。
「うん、すっごく暇だから。帰ってご飯とか済ませたら通話しよ」
「……はい!」
内海さんは太陽のような笑顔を浮かべ、心底嬉しそうにしてくれた。
別れを告げ、名残惜しくも指を一本いっぽん離し、俺は踵を返した。
少し歩き振り返ると、内海さんはまだその場で立っていて、こちらに向けて手を振ってくれていた。
俺もそれに応え、同じように手を振り返す。
背を向けてまた少し歩いたところで肩越しに振り返ると、内海さんがさらに大きく手を振っていた。
目一杯手を大きくかざして振っている。
そんな内海さんに負けじと、俺も手をこれでもかと広げて振り返した。
それをお互いが見えなくなるまで何度も繰り返した。




