14話 少しわかったかも
窓から射し込む光で、朝を迎えたとわかった。
今日はあたしと先輩の二人っきりの初デート。
昨日は先輩とのデートをずっと妄想しちゃって、全然寝付けなかった。
睡眠をちゃんと取れてなかったせいで、頭は未だにぼんやりとしていて気怠さが残っている。
二度寝しちゃおうかなー……。
ああ、だめだめ。早めに起きて化粧とか服とか、オシャレして先輩に褒めてもらいんだし。
どのくらい時間に余裕があるのかと、スマホを見て一気に目が覚めた。
約束の時間まで残り五分。
遅刻確定……!
一瞬にして頭からすうっと、血の気が引いていく。
窓から射し込む光は、朝日ではなく、真上にまで昇った昼光だった。
ど、ど、どうして!? アラームをちゃんと設定したのに! もしかしてこんな日に限って壊れちゃったの!?
今からご飯を食べて、化粧して……ああ、絶対に無理! そんな暇はない!
今日は先輩が案内したい場所があるって言ってて、電車を使わないといけないから、どう足掻いても一時間以上はかかる。
震える指先で先輩に通話をかけた。とりあえず、遅刻をすることを言わないと。
心臓が痛いくらいにバクバクしてる。
もし呆れられたら、幻滅されたらって思うと呼吸が荒くなって、視界がどんどん滲んでいく。
『内海さん、どうしたの?』
先輩の声がスマホから聞こえきて、あたしは開口一番謝った。
「先輩、すいません! その……」
やばい、謝ってるうちにどんどん声が震えてくる。
悪いのはあたしなのに、申し訳なくて涙も零れてきた。
「その、ほんと、え、と……あたし……あ、の……」
寝坊して遅刻しますって言えばいいだけなのに、全然言葉が出てこない……。
『内海さん、落ち着いて。一回、深呼吸しようか』
そんなあたしを落ち着かせようと、柔らかい声が聞こえてくる。
「しん、こきゅう……?」
『うん、一回深呼吸してみて』
その言葉に従い、二、三回大きく息を吸い、ゆっくり息を吐き出す。
先輩の言うとおりにしてみると、少し落ち着くことができた。
『それで、なにかあったの?』
「その、寝坊しちゃって……」
震える声で正直に話してみると、明るい笑い声がスマホから聞こえてきた。
『あはは、そうなんだ。待ってるから、ゆっくりおいで』
先輩は怒るでもなく呆れるでもなく、なんでもないような口調で許してくれた。
「でも、今から家に出るから、一時間以上は待たせることになりますよ……?」
『全然大丈夫だよ。どこかで暇を潰してるから、到着時間がわかったらまた教えてよ』
なんでそんな優しい口調で語りかけてくれるんだろう。
通話だから見えるはずもないし、意味もないのに頭を下げてしまった。
「ほんとすいません! すぐに向かいますので!」
通話を切って適当に服を引っ張り出して、慌てて階下に降りた。
家から出ようとするあたしを、ママが呼び止めてくる。
「唯夏、出かけるの?」
「うん。ちょっと急いでるから、用事とかは聞けない!」
今すぐにでも家から飛び出したいのに、ママはそれでもあたしに用事があるようで声をかけてくる。
「なんかテレビで言ってたけど、寒の戻りらしいからその恰好じゃ今日は寒いわよ。もうちょっと暖かい恰好していきなさい」
「いい、もう時間がないから」
「だめよ、もうちょっと暖かい恰好しないと風邪引くわよ」
ああもう、うるさいな!
これ以上押し問答したくないので、部屋に引き返してカーディガンだけ掴み、家から飛び出した。
早歩きで駅に向かいながらスマホで電車の時刻を調べる。
やばい、あと十分の電車に乗れないともっと遅くなってしまう。
あたしは早歩きをやめて、走って駅に向かった。
走ったおかげでなんとか電車には間に合ったけど髪はボロボロ、化粧もしてないから相当酷いことになってると思う。
それでも一刻も早く目的地に向かいたくて、先頭の車両まで行き、これって意味もないしむしろ改札から遠くなるのでは、と気づいて真ん中の車両まで戻った。
電車の中では、座席が空いてる場所もあったが、あたしは座る気にもなれず、目的地に着くまでひたすら立っていた。
この調子だとあと三十分ほどで着きそうだ。
そのことを先輩にメッセージで知らせると、すぐに返信が来た。
『わかった。焦らなくていいから、ゆっくりおいで』
メッセージだけでも伝わってくる先輩の優しさ。
けど、その優しさに甘えるわけにはいかない。
ようやく目的の駅まで着き、あたしは誰よりも早く電車の扉を抜け、改札を出た。
改札を出てすぐ近くにある柱を背にして待っている先輩を見つけると、あたしは一目散に駆け寄る。
「先輩、すいません!」
土下座する勢いで謝るも、先輩は通話していたときと同じような優しい口調で声をかけてくれる。
「気にしないで内海さん。遅刻なんて誰でもしちゃうし」
「だって、あたしから誘ったのに……なのに、寝坊なんて……」
「頭を上げてよ内海さん。俺だって遅刻するときあるし、もしそのときは許すってことにしよ」
そう言ってくれるけど、先輩は遅刻なんてしないタイプだ。
また視界がどんどん滲んでいく。
焦ってて気づかなかったが、外はママが言った通り、この季節にはしては刺すような寒さで、こんな寒空の中を先輩は一時間以上も待っていたのだ。
その事実に、申し訳なさが胸の中を駆け巡った。
「……きゃっ!?」
え、なに!?
急に頬から伝わる温かい感覚に、思わず飛び跳ねてしまった。
俯いていた顔をあげると、先輩の手にはミルクティーのペットボトルが握られていた。
にっこりと微笑みながら、それをあたしの頬に押し当てあと、強引に渡してくる。
「寒かったでしょう、これでも飲んで」
「……せん、ぱい」
どうしてそんなに優しいんですか。
でも、この優しさに甘えちゃいけない。
「あたしは大丈夫なんで、先輩が持っててください。こんな寒い中待ってたから、きっと身体が冷えてますよ」
「ああ、大丈夫だよ。俺は自分の分、ちゃんと買ってるから」
そう言って、先輩は飲みかけのミルクティーをポケットから取り出した。
そのとき、同じポケットに入っていたものが零れ落ちる。
それは飲みかけのミルクティーじゃなくて、新品同様の、開封されていないミルクティー。
拾い上げると、買ってから相当時間が経っていたのか、温かさは失われている。
「先輩、これって……」
「えっと、俺好きなんだよね」
違う。
先輩は、あたしが約束の時間に来たときも渡してくれようとしていたんだ。
「……先輩、あたしこっちの方が飲みたいです」
あたしはヌルくなったミルクティーを握りしめ、温かい方は先輩に返した。
「え、でもそっちは温かくないよ?」
「ううん、こっちがいいです」
確かに。両手でこれを握ってみても、一向に手を温めてはくれない。
でも、なんでだろう。身体は温かくはならないけど、心は温かくなっていく。
「うーん……」
あたしの言葉に納得していないのか、先輩は視線を宙に這わせ、なにかを考え出した。
そして、なにかを閃いたようで、パッと目を見開いた。
「じゃあ、こうしようか。二人で一緒にこれを持とう」
先輩はミルクティーのペットボトルの上部分を握りしめて、下部分を持つように差し出してきた。
「これなら一緒に持てるね」
「……はい」
ペットボトルが小さくて手が触れるか触れないか。
昨日妄想してたみたいに手は繋いではないけど、先輩の手の大きさもなにもわからないけど、カップルが手を繋ぎたくなる意味が少しわかったかも。
こんな風に温かくなるんだ。




