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11話 デート当日

 鬱屈しながら迎えた翌日。

 大学が終わり、待ち合わせ場所の駅前に俺は十五分前に着いて、華と内海さんを待っていた。


 スマホを開き、華からのメッセージ履歴を見てみると、あれから何十件も着信をしていた跡があった。

 俺はそれをずっと無視し続けた。


 もう華と話すことなんてないんだから。

 俺に対する気持ちが冷めているんだったら、それでお終いだ。俺たちの関係は正しい兄妹に戻るだけ。


「お兄ちゃん……」


 背後から聞きたかった、でも聞きたくなかった声が鼓膜を振るわせる。

 振り向きたくない思いを抑え向き直ると、そこには今にも泣きそうな表情を浮かべた華が立っていた。


 学校が終わり、すぐに向かってきたのだろう。

 華は制服姿のままでいた。


「あのね、お兄ちゃん聞いて……」


「もう話すことなんてないよ」


「お兄ちゃん、勘違いしてるよ。私、別れたいなんて思ってないの」


「だったらどうして内海さんに連絡先を教えたんだよ」


「だからそれは昨日も言ったけど、お兄ちゃんが兄妹だって教えちゃったから仕方なく……」


「そうだね、仕方ないね。なら、今日のことも仕方ないね」


「お兄ちゃん……」


 俺たちだけが重力が増したのではと思うほど、重苦しい空気が漂った。

 華は下唇を噛み、より一層泣き出しそうにしている。


 お互いにかける言葉がわからず、ただただ気まずい。

 そんな空気を破る明るい声が聞こえた。


「あ、いたいた。お待たせしましたー!」


 天にまで届きそうな勢いで手を掲げ、ぶんぶんと振りながら近づいてくる内海さん。

 華とは違い、一度家に帰ったのか私服姿だった。


 パーカーに黒のプリーツスカートを着ている。

 髪型もバイトのときとは違い、頭の左右を軽く結びツーサイドアップにしてあり、普段とは違うその恰好に少しドキリとしてしまった。


 スマホを見ると約束の時間にちょうど。


 内海さんは俺たちの間に漂う微妙な雰囲気を察して少し首を傾げた


「あれ、お二人喧嘩でもしちゃいました? もう駄目ですよ、兄妹仲良くしないと」


「大丈夫、喧嘩なんてしてないよ」


 俺は軽く笑みを作り、無理矢理その場の空気を変えた。


「なら、よかったです。すぐそこに良い感じの喫茶店があるんでそこに行きましょう」


 俺と華の間に割り込むように入った内海さんが、俺たちの腕を手に取り、強引に引き連れていく。


 案内された喫茶店はレトロな感じの店で、どこか落ち着く雰囲気がありつつもうるさすぎず静かすぎず、ちょうどいい賑やかさ。


 華が座った向かいに内海さんが座り、俺はなんの考えも無しに華の隣に座った。

 座って気がついた。ここは内海さんの隣に座った方がよかったと。


 華との距離は、恋人にしては少し遠く、兄妹にしては少し近い距離。


「お二人って、やっぱり仲がいいですね」


「え、そうかな?」


「はい。普通、兄妹でそんな引っ付かないですよ。恋人と言ってもおかしくない距離ですもん」


 無意識にしてしまった距離感だが、内海さんには俺たちの距離が気になったようで指摘されてしまう。


「あたしもお兄ちゃんいるんですけど、鬱陶しくて仕方がないですもん。別に仲は悪くないですけどね。でもやっぱり、そこまでは距離を縮めないというか」


 そうなのか、普通の兄妹はこんなにも近くに座らないんだ。

 俺は少し腰を浮かし、改めて座る位置を直して華から距離を取った。


「あははっ!」


 なにがおかしいのか、内海さんは手を口に当てて笑い始めた。


「先輩が少し離れたところに座り直したのに、華ちゃんが距離を詰めちゃうから、結局変わらないのがおかしくって」


 俺が華の顔を一瞥すると、気まずそうに顔を逸らされる。

 それがよほどおかしかったのか、内海さんはまたもや笑い、ニヤニヤしながら華の顔を覗きこんだ。


「ほんとうにに華ちゃんってブラコンなんだねー」


「……だから、ちがうよ」


「恥ずかしがることないのにー」


 内海さんが華のことをからかっていると、店員が注文を取りにやってきて、俺たちは一旦会話を打ち切りに。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


「うーん、俺はコーラで」


「あたしはパフェにしようかなー」


「私はオレンジジュースで」


 ん、またオレンジジュース?


「華はオレンジジュースでいいの?」


「うん、オレンジジュースが飲みたい気分」


 飲み物一つがなんだ、と思われるかもしれない。

 それでも俺にとっては大事なことで、華の注文が気に障った。


 今まで華はそういった子どもっぽい飲み物よりも、アイスコーヒーなどを好んでいた。

 カラオケのときもオレンジジュースを飲んでいたんだから、さして気に障ることなんてないはずなのに。


 でも、今まで飲んでいた物が変わったこと、いつのまにか趣味趣向が変わったこと、それが俺にとって目の前の華をより一層分からなくさせ、やっぱり気持ちが変わったんだと不安にさせる。


 唐突に身を乗り出した内海さんが、いきなり俺の眉間を人差し指で突いてきた。


「せーんぱい。そんな難しい顔をしない」


 眉間を揉むように軽くグリグリとしながら、にこっと笑う内海さん。


 年下に気を遣われるとは……。


 それからは内海さんを中心に会話が繰り広げられた。

 彼女の話題は尽きることなく、表情はコロコロと変わり見ていて飽きない。


「そういえば、先輩と華ちゃんって兄妹なのに苗字が違うんですね」


 その言葉を発してから気が付いたのか、内海さんはハッと目を大きく見開いた。


「うん、両親が離婚したから」


 俺としては特別気にすることでもなかったので、淡々と言ったつもりだったが、それでも内海さんは申し訳なさそうにしている。


「えっと……その、ごめんなさい」


 そう言って、内海さんは小さい頭を下げた。


「いやいや、本当に気にしないで」


 俺がフォローしてみるも、内海さんは相当気にしているようで、少し泣きそうな表情をしていた。

 手をぎゅっと膝の上で握り、俯きながら泣きそうな姿が昔の華と重なって見えて、思わずその縮こまった頭に手のひらを乗せてしまう。


「……あ」


 頭を撫でてあげると、内海さんは少し嬉しそうに、くすぐったそうに目を細める。


「あはは……、先輩ありがとうございます」


「私、帰るね」


 突然、華がその場から立ち上がり、俺たちの返事も聞かずにその場から去ってしまった。

 引き止める間もなく立ち去っていくその後ろ姿を、俺と内海さんは呆然と見送る。


「あー、やっちゃいましたね……」


 自分も原因の一端を担っていることで、内海さんはバツが悪そうにしていた。


「だめですよ先輩。ブラコンの華ちゃんの前で、他の女性にそんなことしちゃ」


「いや、なんか……内海さんが小さい頃の華と重なって見えちゃって」


「もっと駄目な回答しちゃってますよ。あたしは気にしないですけど、そんなことあたし以外に言ったら水かけられちゃいますよ?」


 華が怒ったことはわかるが、俺の回答がなぜ駄目なのかはよくわからない。

 どうして内海さんにまで水をかけられるほど怒られてしまうのだろうか。

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