表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と、その従者  作者: 喜哀楽
委ねられた世界
7/22

1話

2章です。

世界観を広げるような章になります。

楽しんでいただければと思います。

グランドール王国は、高い城壁に囲まれた巨大な都市国家だった。


台形に近い形をした領土の外周を、厚く積み上げられた白灰色の壁が覆っている。

石は長年の風雨でくすみ、ところどころに補修の跡が残っているが、

その厚みと高さは今なお圧倒的だった。


壁の上には常に兵が立つ。

昼夜を問わず、交代を繰り返しながら槍を持ち、遠方を見張っている。

それは警戒であると同時に、この国が置かれた立場を象徴していた。


魔族領と隣り合う国。

それだけで、ここは「最前線」になる。


城壁の内側。

都市は、明確な階層によって区切られている。


最奥、最も高い位置にそびえるのが王城だ。

白石で築かれた城は、街のどこからでも見上げることができる。

高く、明るく、揺るぎない姿で、常に人々の視界に入る。


それは権威の象徴であり、

同時にこの国が「勇者の国」であることの証でもあった。


王城の周囲には貴族街が広がる。

整えられた石畳。

均整の取れた屋敷。

庭園には手入れの行き届いた草木が並び、

外壁には家紋が刻まれている。


魔族との戦争で名を上げた家系。

代々この国を支えてきた貴族たち。

彼らは、勝者の歴史を住居として纏っていた。


その下に、平民街が続く。


商人、職人、冒険者。

人の流れは絶えず、通りには露店の呼び声と酒場の笑い声が溢れる。

日々の営みが、重なり合い、街を動かしている。


冒険者ギルドの建物も、この区域に構えられていた。


魔族や魔物の討伐。

街中の揉め事の仲裁。

時には傭兵として、戦場へ赴くこともある。


魔物とは、かつての大戦で魔族が生み出した生物兵器が野良化した存在だ。

制御を失い、世界に放たれた爪痕。

戦争が終わった今も、その影は消えていない。


そして、街の外れ。

城壁に最も近い位置には、スラム街があった。


日当たりは悪く、建物は粗末だ。

屋根は歪み、壁は継ぎ足しだらけ。

それでも、人は生きている。


物乞いも、孤児も、流れ者も、

ここでは街の一部だ。


この国の繁栄と影が、

最も濃く現れる場所でもあった。


そのすべてを見下ろす位置に、王城はある。


そして今――

その王城の中で、会議が開かれていた。



王城の会議室は、静かだった。


重厚な扉が閉じられ、外界の音は遮断されている。

高い天井に吊るされた照明が、円卓を柔らかく照らしていた。


円卓を囲む席はすでに埋まっている。

重厚な椅子に腰掛けるのは、グランドール王国の有力貴族たち。

いずれも王国の中枢に名を連ねる者ばかりだ。


彼らの装いは派手ではない。

だが、仕立ての良さと素材の質が、立場を雄弁に物語っていた。


ただし――

国境領地の領主の姿は、そこにはなかった。


「では、始めよう」


玉座の前に立つ男が、短く告げる。


グランドール・ルーデンス。

この国の国王である。


年齢を重ねた金髪は丁寧に整えられ、

背筋は伸び、声にも揺らぎはない。

だが、その表情には、僅かな硬さが残っていた。


「すでに承知の通り、魔族領との国境付近において――

 魔王が、直接姿を現した」


その言葉が落ちた瞬間、

会議室の空気が、わずかにざわめいた。


誰も声を荒げない。

だが、視線が交錯し、息が詰まる。


「……事実、なのですか」


誰かが、確認するように口を開く。


「複数の報告が一致している。誤りはない」


国王の声は淡々としていた。

感情を抑えた、統治者の声だ。


魔王。

それは、この国にとって“敵”である以前に、

長く神話の中に閉じ込められていた存在だった。


「穏健派の魔王ではなかったのですか?」


別の貴族が言う。


「交渉を重んじると……そう聞いていたが」


「だからこそ、驚いているのだ」


国王は言った。


「穏健派であることと、弱いことは同義ではない」


言葉は正しい。

だが、それを真正面から受け止める者はいない。


誰もが理解していた。

理解していながら、認めたくなかった。


魔王が直接出てきた。

その事実が意味するものを。


「……国境領主の独断では?」


誰かが、そう言った。


責任の所在を探す声。

この場では、珍しいものではない。


「現在、調査中だ」


国王はそう返した。


「だが、王国としてはすでに対応を決定している」


一瞬、沈黙が落ちる。


「今回の件については――

 該当する領主を処罰した」


ざわめきが広がる。


「処罰、ですか」


「すでに、魔族領へは通達している。

 事を起こした者は罰した、と」


言葉は整っている。

手順も、外交文書としては完璧だ。


だが、その中身は、

この場にいる誰もが理解していた。


処罰した“ことにする”。

それが、この場での結論だった。


「……それで、魔族は納得するのでしょうか」


控えめな声で、男が口を開いた。


オウル・ドラン。

かつて国境領主として名を馳せ、

今は王国に仕える立場にある男だ。


「魔王を、舐めるべきではありません」


静かな声だった。

だが、重みがある。


「今回、魔王は“警告”として姿を現した。

 それは、力を誇示するためではない」


「だが、直接出てきた以上、

 次は――」


「次は、ありません」


国王が遮った。


「勇者がいる」


その一言で、会議室の空気が変わる。


誰もが、その言葉に縋るようだった。


「勇者はすでに選ばれている」


国王は続ける。


「女神からの天啓は、すでに下った」


その事実は、

この場にいる誰にとっても“救い”であり、

同時に“逃げ道”でもあった。


「ならば……」


誰かが、安堵の息を吐く。


「最悪の事態は、避けられる」


「そうだ」


国王は頷いた。


「王国は、秩序を保つ」


それ以上の議論は、なかった。


ドランは、円卓の端でその光景を見つめていた。


誰もが理解している。

魔王が、これまでの魔王とは違うことを。


それでも――

勇者がいる限り、大丈夫だと。


英雄譚の向こう側に、

どれほどの現実が削り落とされてきたのか。


そのことを、

この場で口にする者はいなかった。


会議は、静かに終わった。


そして、王国は――

勇者に、すべてを預けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ