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幕間 姉の終わり、妹の始まり

 衛兵たちに引きずられながら、私は石畳の道を歩いていた。


 いや――歩かされていた。


 拘束具で両手を縛られ、魔力を封じられたまま。衛兵たちが、私の腕を強く掴んで、前へ前へと進ませる。


 レオニス様は、私の前を歩いている。銀髪が、朝日に照らされて輝いている。


 でも――その背中は、冷たかった。


(……もう……終わりなんだ……)


 私は、静かに思った。


 地下牢から、処刑場へ。明朝――つまり、今。私は処刑される。


 闇魔法の使用。生徒へのいじめ。レオニス様への殺害未遂。国家反逆罪。

 死刑。


(……でも……仕方がない……)


 私は、それを受け入れていた。


 洗脳されていたとはいえ――私がやったことには変わりない。生徒たちを傷つけた。レオニス様を襲った。


 そして――アミアまで、巻き込んでしまった。


(……アミア……)


 妹の顔が浮かぶ。

 地下牢で、泣きながら私を見つめていたアミア。


「お姉様は悪くないです」


 そう言ってくれたアミア。


(……ありがとう……アミア……)

(……あなたと……妹になれて……)

(……本当に……よかった……)


 涙が、溢れそうになる。でも――今は泣いている場合じゃない。


 私は――これから死ぬんだから。

 石畳の道は、どこまでも続いている。王城の敷地を抜けて、訓練所の方へ。


 訓練所の近く――そこに、処刑場がある。


(……もうすぐ……)


 足音が、石畳に響く。カツ、カツ、カツ。規則正しい足音。


 そして――前方に、高い塀が見えてきた。

 処刑場だ。


 石で作られた、高い塀。その中に、処刑台がある。

 衛兵たちが、重い門を開ける。


 ギィ――と、軋む音が響く。

 そして――私たちは、処刑場の中へ入った。


 ***


 広い空間だった。


 石の床。高い塀に囲まれている。そして――中央に、処刑台が立っている。


 木でできた、高い台。その上に――斧が置かれている。


 処刑用の斧。


(……あれで……私は……)


 息を呑む。


 でも――もう、何も感じなかった。恐怖も、悲しみも。ただ――諦めだけがあった。


 レオニス様が、処刑台の前で止まった。そして――私の方を見た。


「ネフェリア・リィエル」

 その声は、冷たかった。


「お前の処刑を、今より執行する」

「……はい」


 私は、静かに答えた。


 衛兵たちが、私を処刑台へ連れて行く。木の階段を登る。一段、また一段――

 そして――処刑台の上に立った。


 高い場所から、下を見下ろす。レオニス様が、冷たい目で私を見つめている。


 衛兵たちが、私の首を台に固定する。冷たい木が、首に当たる。


(……これで……終わり……)


 私は、目を閉じた。


(……アミア……ごめんなさい……)

(……あなたを……守れなくて……)

(……最後まで……嘘をついて……)

 涙が、溢れた。


 そして――

 その時。


 ***


 頭の中に――何かが流れ込んできた。

 まるで、封じられていた記憶が――一気に解放されるように。


(……え……?)


 フラッシュバック。


 地下牢。

 あの男――シャドウ。

「やあ、ネフェリア・リィエル」

 シャドウの声が、脳裏に響く。


(……そうだ……あの時……)


 記憶が、蘇る。

 洗脳が解けた後――シャドウが地下牢に来た。


 そして――

「君の義妹――アミア・ファミルのことなんだけど」

「……アミア……?」

「彼女は光魔法使いだろう?」

「……っ」

「光魔法使いはね、稀に治癒魔法を使えるようになることがあるんだ。それも、とんでもなく強力な治癒魔法をね」

「僕としては、そういう可能性のある芽は早めに摘んでおきたいんだよ。邪魔だからね」

「まさか……アミアを……!」

「ああ、殺すつもりさ」

(……っ!)

 全て――思い出した。


 シャドウが――アミアを殺すと言った。

「そして、君が処刑場へ完全に連れて行かれた時――その瞬間にね――この会話のことを思い出すんだ」

「『アミアを殺す』ってね」

「でも、その時にはもう遅い。君は処刑場にいて、アミアは地下牢にいる。君は何もできない」

「そしたら、かなり絶望するだろう? 妹を守れなかった無力感。全てを話した後に、彼女が殺されると知る絶望。想像しただけで、楽しくなるよ」

(……そんな……!)

 私は――目を見開いた。


 アミアが――殺される!?

 シャドウに――殺される!?


「いや……いやああああ!」


 私は、叫んだ。


「アミア……! アミア……!」


 衛兵たちが、驚いて私を見る。


「静かにしろ!」


 衛兵の一人が、私を押さえつける。

 でも――私は叫び続けた。


「アミア……! 助けて……! 誰か……!」

「レオニス様……!」


 私は、レオニス様を見た。


「お願いします……! アミアを……!」

「アミアが……地下牢で……殺されます……!」

「シャドウ……シャドウという男が……!」


 レオニス様は、冷たい目で私を見つめた。


「……何を言っている」

「本当です……! お願いします……!」


 私は、必死に訴えた。


「アミアを……助けてください……!」

「私はどうなってもいいです……!」

「でも……アミアだけは……!」


 レオニス様は――わずかに表情を変えた。疑いの色。でも――


「……衛兵」


 レオニス様が、衛兵たちに命じた。


「地下牢へ向かえ。アミア・ファミルの安全を確認しろ」

「はっ!」


 数人の衛兵が、走り出した。処刑場を飛び出して、地下牢へ。


(……お願い……!)


(……間に合って……!)

 私は、祈った。心の底から、祈った。

 アミア――どうか、無事でいて。


 ***


 時間が、過ぎていく。

 私は、処刑台の上で待っていた。首を台に固定されたまま。


 レオニス様も、黙って立っている。


(……アミア……!)

 心の中で、何度も呼びかけた。


 そして――

 足音が、聞こえてきた。

 衛兵たちが――戻ってきた。


 でも――

 その顔は、青ざめていた。


「レオニス様……!」

 衛兵の一人が、息を切らして報告する。


「地下牢で……アメリア・カーフェーン様が……死亡しておりました……!」

「何……!?」


 レオニス様の顔色が、変わった。


「そして……アミア・ファミル様も……重傷を負って……」

「……っ!」

 私の心臓が、止まりそうになった。


「すぐに医療施設へ運びましたが……手遅れでした……」

「アミア・ファミル様は……死亡されました……」


 その言葉が――

 私の心を、貫いた。


「……え……?」


 声が、出なかった。

 アミアが――

 死んだ?


「そんな……」

「嘘……でしょ……?」

 涙が、溢れた。


「アミア……!」

 私は、叫んだ。


「アミア……! アミアああああ!」

「いや……いやああああ!」

「助けて……! アミア……!」


 でも――

 アミアは、もう戻ってこない。

 死んだ。


 私を守ろうとして――

 シャドウに殺された。


「アミア……! アミア……!」

 私は、泣き叫んだ。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

「私のせいで……!」

「私が……あなたを……!」


 全て――私のせいだ。

 私が闇魔法を使えたから。


 私がシャドウに洗脳されたから。

 私が暴走したから。


 そして――アミアが巻き込まれて、死んだ。


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」

 涙が、止まらなかった。


 レオニス様は――黙って立っていた。その顔には、衝撃と怒りが滲んでいた。


「……アメリア・カーフェーンも……死んだのか……」

 レオニス様の声は、震えていた。


「はい……氷の刃で……胸を貫かれて……」

 衛兵が、報告する。

「犯人は……逃走したようです……」

「……っ」


 レオニス様は、拳を握りしめた。


「犯人を……探せ……」

「必ず……見つけ出せ……」

「はっ!」


 衛兵たちが、頭を下げる。


 でも――

 もう遅い。

 アミアは――死んだ。

 アメリア様も――死んだ。

 全て――私のせいだ。


「アミア……!」


 私は、叫び続けた。


「アミア……! ごめんなさい……!」

「私が……あなたを……殺した……!」

「私のせいで……!」


 涙が、溢れて止まらなかった。


 ***


 レオニス様は――私を見た。

 冷たい目。


 でも――その奥に、わずかな悲しみが滲んでいた。


「……ネフェリア・リィエル」

 その声は、静かだった。


「お前の処刑を――執行する」

「……はい……」


 私は、か細い声で答えた。

 もう――何も言えなかった。

 アミアが死んだ。


 私のせいで。

 だから――私も死ぬ。

 それが――償いだ。


 レオニス様は――少しだけ、目を伏せた。


「……アミア・ファミルは――優秀な光魔法使いだった」


 その声は――わずかに震えていた。


「もし……お前が暴走しなければ……」

「彼女は……この国の希望になったかもしれない」


 レオニス様の拳が、震える。


「……全て……お前のせいだ」

「……っ」


 その言葉が――胸に刺さる。


 でも――否定できなかった。


 全て――私のせいだ。


 レオニス様は――冷たく告げた。


「だが……お前も……利用されていた」

「シャドウという男を――必ず見つけ出す」

「……ありがとう……ございます……」


 私は、涙を流しながら答えた。


 せめて――シャドウを捕まえてほしい。


 アミアの仇を――取ってほしい。


 レオニス様は――何も言わず、頷いた。


 そして――執行人に合図をした。


 執行人が、斧を持ち上げる。

 重い斧が、高く掲げられる。


(……アミア……)

(……ごめんなさい……)

(……あなたを……守れなくて……)

(……でも……すぐに……会いに行くから……)


 私は、目を閉じた。


 涙が、溢れた。

 そして――

 斧が――

 振り下ろされた。


 ***


 一瞬――

 時が止まったような気がした。

 アミアの顔が浮かぶ。


 5歳の時――初めて会った時のアミア。

 小さくて、可愛くて、純粋で。


「お姉様!」

 そう呼んでくれた。


 11歳の時――魔獣から助けた時のアミア。


「ありがとう、お姉様!」

 そう言って、抱きついてくれた。


 13歳の時――記憶を奪った時のアミア。

 催眠薬入りの紅茶を飲んで、眠ってしまったアミア。


(……ごめんなさい……)


 そして――

 昨日――地下牢で会った時のアミア。


「お姉様は悪くないです」


 そう言ってくれた。

 涙を流しながら、私の手を握ってくれた。


(……アミア……)

(……ありがとう……)

(……あなたと……妹になれて……)

(……本当に……よかった……)


 そして――

 斧が――

 私の首を――


 痛みは――なかった。

 一瞬で――

 意識が――

 途切れた。

 視界が――

 暗くなった。

 そして――

 私の意識は――

 完全に――

 消えた。


 ***


 ネフェリア・リィエルの首が――

 処刑台の下に落ちた。


 血が、処刑台を赤く染める。

 レオニス王子は――黙って立っていた。


 その顔には――複雑な感情が滲んでいた。

「……これで……終わりだ……」

 レオニス様は、静かに呟いた。


 そして――踵を返した。

 処刑場を後にする。


 衛兵たちが、ネフェリアの遺体を片付け始める。

 処刑場には――

 ただ――

 静寂だけが残った。


 そして――

 別の場所で。


 冷たい地下牢の螺旋階段。


 アミア・ファミルは――血を流しながら倒れていた。


 お腹に刺さった氷の刃の傷から、血が止まらない。白いブラウスが、真っ赤に染まっている。


(……痛い……)

(……冷たい……)


 視界が、ぼやけていく。意識が、遠のいていく。


 そばには――アメリア・カーフェーンの冷たくなった身体。


 もう動かない。呼吸もしていない。


(……アメリア……さん……)


 アミアは、か細い声で呟いた。


(……ごめんなさい……)

(……守れなかった……)


 涙が、溢れた。


(……お姉様……)


 ネフェリアの顔が浮かぶ。優しい笑顔。でも――もう会えない。


(……お姉様……助けて……)


 でも――誰も答えてくれない。


 冷たい石の階段。暗い地下牢。静寂だけが支配している。


 アミアの呼吸が――浅くなっていく。


(……もし……もう一度……)

(……やり直せるなら……)


 意識が――遠のいていく。


(……お姉様を……守りたい……)

(……アメリアさんも……守りたい……)

(……シャドウ……絶対に……許さない……)


 そして――


 アミアの意識は――完全に途切れた。


 呼吸が――止まった。


 心臓が――止まった。


 アミア・ファミルは――死んだ。


 ***


 その瞬間――


 世界が――歪んだ。


 時が――巻き戻る。


 アミアの意識は――暗闇の中を漂っていた。


(……ここは……?)


 真っ暗な空間。何も見えない。何も聞こえない。


 ただ――温かい何かが、アミアを包んでいた。


 光――?


 いや、違う。


 これは――


(……光魔法……?)


 アミアの中にある、光魔法の力。


 それが――アミアを守ろうとしている。


 死から――蘇らせようとしている。


 そして――


 光が――弾けた。


 アミアの意識は――


 11歳の朝へと――


 引き戻された。


 ***


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