第五話 マリオネットシャドウとアミア・ファミル
階段を登り続けて、しばらく経った――その瞬間。
何もない空間から――氷の刃が、現れた。
まるで魔法で作られたような、鋭く尖った氷の刃。それが――私に向かって飛んでくる。
「危ない!」
アメリアさんが、咄嗟に私の前に立った。
そして――
「アイスショット!」
透明な氷の塊が、氷の刃に向かって飛ぶ。アメリアさんの魔法――
でも――間に合わなかった。
氷の刃が――私を庇ったアメリアさんの胸に、深く刺さった。
「……っ!」
アメリアさんの身体が、震える。血が、じわじわと溢れ出す。白いブラウスが、赤く染まっていく。
「アメリアさん……!」
私は、アメリアさんに駆け寄った。
「しっかりして……!」
アメリアさんの身体が、崩れ落ちる。膝から崩れて、石の階段へ。
私は、アメリアさんを抱きしめた。
「アメリアさん……アメリアさん……!」
でも――アメリアさんの顔色が、どんどん青白くなっていく。
血が、じわじわと広がっていく。
「……ごめんなさい……アミアさん……」
アメリアさんの声は、弱々しかった。息も浅い。
「私……もう……」
「そんなこと言わないで……!」
涙が溢れた。アメリアさん――こんなに優しいアメリアさんが――
「アメリアさん……お願い……!」
でも――アメリアさんの身体は、だんだん冷たくなっていく。
呼吸が、浅くなっていく。
「……あなたと……出会えて……」
アメリアさんは、か細い声で言った。
「……よかった……」
「……親友に……なれて……」
「……嬉しかった……」
「アメリアさん……!」
私は、アメリアさんを抱きしめた。
でも――アメリアさんの身体は、もう震えなくなった。
呼吸が――止まった。
「アメリアさん……アメリアさん……!」
私は、叫んだ。でも――アメリアさんは、もう答えてくれなかった。
綺麗な水色の瞳を閉じたまま――静かに――動かなくなった。
「アメリアさん……!」
涙が、止まらなかった。私の腕の中で――親友が、死んだ。
私を庇って――死んだ。
昨夜、初めて会ったばかりなのに。
ずっとそばにいてくれた。支えてくれた。優しく微笑んでくれた。
その人が――死んだ。
「アメリア……さん……」
私は、アメリアさんを抱きしめたまま、泣き続けた。
その時――
「やあ」
声が、響いた。
私は、顔を上げた。
そこには――フードを被った、黒い服の男が立っていた。緑色の髪が、フードの奥からわずかに見える。
いつの間に――そこにいたのか。まるで、影から現れたかのように。
「……誰……?」
私は、警戒した。この人が――アメリアさんを襲ったの?
男は、ゆっくりとフードを取った。
緑色の髪。冷たい目。そして――道化師のような、不気味な笑み。
「初めまして、アミア・ファミル」
男は、愉快そうに言った。
「……誰……あなたは……」
私は震える声で尋ねた。どうして私の名前を知っているの?
「僕の名前?」
男は、道化師のように笑った。
「自分の名前は嫌いなんだ。教えるわけないだろう?」
「でもね――」
男は、わざとらしく肩をすくめた。
「僕の通り名なら教えてやろう」
そして、不気味な笑みを浮かべた。
「僕って優しいだろう? 通り名を教えただけでも半分サービスだ」
「僕の通り名は――マリオネットシャドウ」
「マリオネットシャドウ……?」
私は、息を呑んだ。この男――
「……あなたが……アメリアさんを……!」
「そうだよ」
シャドウは、肩をすくめた。何でもないことのように。
「さて、冥土の土産に教えてあげよう」
シャドウは、道化師のように笑った。
「僕の目的は、レイフェルズ王国の隣国であり、敵対国でもあるアセレリア帝国のためさ」
「アセレリア帝国……!」
敵国――戦争を何度も繰り返している、敵対国。
「そう。僕は、アセレリア帝国のために動いている」
シャドウは、愉快そうに続けた。
「ネフェリア・リィエル、リィエル公爵家の令嬢を洗脳したのも、僕だよ」
「洗脳……!?」
「お姉様を……洗脳したのは……あなたなの!?」
私は、叫んだ。
「そうだよ」
シャドウは、肩をすくめた。
「彼女が闇魔法を使えることを、僕の魔眼で見抜いた」
シャドウは、楽しそうに続けた。
「偶然ね。地下図書室に入っていく彼女を見かけて、左目の魔眼で闇魔法を感じ取ったんだ」
「後を追って、右目の魔眼で記憶を見た。心の闇も、全部ね」
「『僕と同じ存在がいるとは驚いた』――そう思ったよ」
シャドウは、不気味に笑った。
「だから――洗脳魔法をかけたんだ」
シャドウは、楽しそうに続けた。
「黒い炎を見せて、誘惑に負けた瞬間――性格が変わった」
「本人は気づいていなかったけどね。洗脳されていることを」
「そして、レオニス王子を殺させようとしたんだ」
「そんな……!」
「でも、失敗した。まあ、ネフェリアは処刑されるから、結果的には成功かな」
シャドウの声は、楽しそうだった。まるで、ゲームを楽しむかのように。
「お姉様は……あなたに利用されていただけなのに……」
私は、拳を握りしめた。
「それなのに……処刑されるなんて……!」
「レイフェルズ王国が混乱すれば、アセレリア帝国にとって都合がいい」
シャドウは、愉快そうに笑った。
「そして、君を殺す理由は――学園内で光魔法が使えることを知って、邪魔だったからさ」
シャドウは、わずかに声を低くした。
「ネフェリアを堕とした後、偶然君を見かけてね。左目の魔眼で光魔法使いだと分かった」
「光魔法――100年に一人しか現れない、稀少な魔法。そして、闇魔法使いの天敵だ」
シャドウは、冷たく笑った。
「それに――君は将来、治癒魔法を使う可能性がある」
「治癒魔法……?」
「そう。治癒魔法は幻級。光魔法使いの中でも、限られた者しか習得できない。でも、君にはその素質がある。僕の魔眼で見えるんだ」
シャドウは、道化師のように笑った。
「傷を癒し、毒を消し、病を治す。そして――極めれば、死者蘇生すらできる」
「死者……蘇生……?」
私は、アメリアさんの身体を見下ろした。
(……もし……もし治癒魔法が使えたら……)
(……アメリアさんを……)
シャドウは、冷たく笑った。
「まあ、そこで死んでいる大臣の娘も、君が治癒魔法を極めていれば蘇生できたかもしれないがね」
「……っ!」
胸が、締め付けられる。
「でも、君は今、その魔法を使えない」
シャドウは肩をすくめた。
「だから、彼女はもう戻ってこない」
「そんな……!」
涙が溢れた。
(……アメリアさん……)
「もし君が治癒魔法を習得して、ネフェリアや誰かを治療されたら――僕の計画が台無しになる」
シャドウは肩をすくめた。
「だから、君は生かしておけない。幻級の魔法使いは、僕の影魔法と同じように――脅威なんだよ」
シャドウは、愉快そうに続けた。
「それに、レイフェルズ王国の王族は治癒魔法を強く欲している。もし君の素質が知られたら、王族に保護されて手が出せなくなる」
「……っ」
「だから、今のうちに殺しておくのさ。まだ誰も君の素質に気づいていない今のうちにね」
「いつでも殺せたけど――それじゃあ面白くない、つまらない」
シャドウは、道化師のように笑った。
「だから、姉妹を絶望に落とすことにした」
「ネフェリアを洗脳して、暴走させて、処刑されるように仕組んだ」
「そして、君も――絶望の中で死ぬ」
「そんな……理由で……」
涙が溢れた。怒りと憎しみが、胸を焼いた。
「ああ、そんな理由だよ」
シャドウは、道化師のように笑った。
「ちなみに――大臣の娘を殺すのは、予定外だったんだけどね」
シャドウは、肩をすくめた。
「君を地下牢まで連れてきてくれたのは想定外だった。まあ、結果的には都合が良かったけど」
「大臣の娘が死ねば、レイフェルズ王国はさらに混乱する。アセレリア帝国にとっては好都合さ」
「……っ」
「でも、普通に殺したらつまらない。だから絶望させてから殺そうと思ってね」
「さて、君が処刑場に連れていかれた時――君の姉さんはどんな顔をするかな?」
シャドウは、楽しそうに笑った。
「許さない……」
私は震える声で言った。
「絶対に……許さない……」
「お姉様を洗脳して……アメリアさんを殺して……!」
「あなたは……絶対に許さない……!」
でも――シャドウは、笑っていた。
そして――右手を掲げた。
氷の刃が、再び現れる。鋭く、冷たく、殺意に満ちた刃。
「さあ、死んでもらおうか」
氷の刃が――私に向かって飛んでくる。
私は――咄嗟に横に飛んだ。
ザッ。
氷の刃が、私のいた場所を通り過ぎる。
石の床に当たり、砕け散った。
「……っ!」
避けられた。でも――
「ほう、避けたか」
シャドウは、愉快そうに笑った。
「でも、これはどうかな?」
シャドウは、両手を掲げた。
五本――いや、十本の氷の刃が現れた。
「……っ!」
こんなに多くの攻撃――避けられない。
十本の氷の刃が、一斉に飛んでくる。
私は――走った。石の床を蹴って、必死に走る。
でも――氷の刃は、容赦なく襲いかかる。
一本――足を掠めた。
「きゃっ!」
痛みが走る。血が、じわじわと滲む。
二本目――肩に当たった。
「……っ!」
血が、溢れ出す。痛い――でも、まだ走れる。
三本目――お腹に――深く刺さった。
「……あっ……」
激しい痛み。冷たい感覚。血が、じわじわと溢れ出す。
私は――石の階段に倒れた。お腹を押さえる。
血が――手のひらを濡らす。温かい血が、どんどん流れ出す。
「……っ……」
痛い。冷たい。身体が、震える。視界が、ぼやけていく。
でも――まだ、意識はある。
「ふふ、いい様だね」
シャドウの声が、遠くに聞こえた。
「ゆっくり死んでいくといい」
「じゃあね、アミア・ファミル」
足音が、遠ざかっていく。シャドウが――去っていく。
そして――静寂が、戻った。
地下牢には――私と、アメリアさんの身体だけが残された。
私は、ゆっくりと身体を引きずり、アメリアさんに寄り添った。
冷たくなった身体。もう動かない身体。
「……アメリア……さん……」
私は、か細い声で呟いた。アメリアさんの手を、握る。
冷たい。でも――私は、離したくなかった。
「……ごめんなさい……」
涙が、溢れた。
「……私を……助けてくれたのに……」
「……守ってくれたのに……」
「……何も……できなかった……」
血が、手のひらから溢れ出す。視界が、どんどんぼやけていく。
でも――心の中で、強く誓った。
(……もし……もう一度……やり直せるなら……)
(……お姉様を……守りたい……)
(……アメリアさんも……守りたい……)
(……シャドウ……絶対に……許さない……)
(……今度こそ……)
(……必ず変える……未来を……)
「……お姉様……」
「……アメリアさん……」
「……待っていて……」
か細い声で、呟く。
呼吸が――浅くなっていく。意識が――遠のいていく。
冷たい地下牢の床に、私は横たわっていた。
血が、じわじわと広がっていく。
(……ごめんなさい……)
(……お姉様……何も……できなかった……)
(……アメリアさん……守れなかった……)
涙が、溢れる。
そして――私の意識は――ゆっくりと――暗闇に――沈んでいった。




