第四話 悲しき義理の姉妹の断罪
「そこまでだ」
冷たい声が、地下牢に響いた。
私は、振り返った。
そこには――黒い瞳、銀髪の青年。レオニス王子が立っていた。
耳にかかる程度の長さに整えられた銀髪が、松明の光を反射して揺れている。黒い瞳は、冷徹に私たちを見つめていた。
そして――その後ろには、鎧をまとった衛兵たちが立っている。地下牢を守っていた、あの二人の衛兵だ。
「レオニス様……」
アメリア様が、驚いた様子で呟く。
レオニス王子は、ゆっくりと歩いてくる。その足音が、石の床に響く。
カツ、カツ、カツ。
規則正しい足音が、地下牢の静けさを破っていく。まるで、死刑執行人の足音のように。
(……レオニス王子が……どうして……)
私は、緊張で身体が固まった。王子が、わざわざ地下牢まで来るなんて。
そして――王子は、牢屋の前で止まった。
ネフェリアお姉様を、冷たい目で見下ろす。
「ネフェリア・リィエル」
その声は、感情を感じさせない。氷のように冷たい声。
「お前の罪は重い」
「……はい」
お姉様は、静かに頷いた。その声には、もう抵抗する気力すら残っていないようだった。
「闇魔法の使用、生徒へのいじめ、そして――私への殺害未遂」
レオニス王子は、淡々と告げる。まるで、罪状を読み上げるように。
「これらの罪により、お前を国家反逆罪で裁く」
「国家反逆罪……!?」
私は、思わず叫んだ。
国家反逆罪――それは、この国で最も重い罪。王族への攻撃、国家への裏切り――そういった罪に適用される。
その刑罰は――
「よって、お前には死刑を宣告する」
「そんな……!」
私は、レオニス王子に駆け寄った。鉄格子を掴んで、必死に訴える。
「お姉様は……お姉様は洗脳されていたんです!」
「洗脳……?」
レオニス王子は、わずかに眉をひそめた。でも、その表情には疑いの色が強い。
「そうです! お姉様は、誰かに洗脳されて……操られていたんです!」
私は、必死に訴えた。涙を流しながら。
「だから……お姉様は悪くないんです!」
「お姉様は被害者なんです!」
「誰かに利用されて……レオニス様を狙わされて……!」
でも――
「証拠はあるのか?」
レオニス王子の声は、冷たかった。
「それは……」
私は、言葉に詰まる。
証拠――そんなもの、ない。お姉様の言葉しか――それだけじゃ、証拠にならない。
「証拠がないのであれば、戯言に過ぎない」
レオニス王子は、冷たく言い放った。
「決定は覆らない」
「そんな……!」
私は、叫んだ。でも――レオニス王子は、もう聞く耳を持たなかった。
そして――王子は、さらに告げた。
「それから、シャリア・リィエル、リィエル公爵夫人についてだが」
「シャリア様……?」
アメリア様が、不安そうに呟く。
「ネフェリアの母親として、監督責任がある」
レオニス王子の声は、容赦がなかった。
「本来であれば、リィエル公爵家の魔法薬の技術は王国にとって重要なものだ。だが、今回の事件の重大性を鑑み、シャリア・リィエルは辺境の村へ送られる」
「辺境の村……!?」
それは、実質的な追放だった。王国の中心から遠く離れた、貧しい村へ――そこで一生を過ごすことを意味する。
「お母様……まで……」
お姉様が、小さく呟いた。
でも――お姉様の声には、複雑な感情が混じっていた。悲しみ? それとも――怒り?
(……お姉様は……お母様のこと……)
私は、お姉様の横顔を見た。そこには――怒りとも、悲しみとも取れない表情があった。
シャリアお母様――お姉様に催眠薬を飲ませるよう命令した人。お姉様を苦しめた人。
でも――それでも、お姉様の母親。
レオニス王子は、止まらなかった。
「そして――」
王子は、お姉様を見た。
「ネフェリア・リィエル。お前を処刑場へ連行する」
「……はい」
お姉様は、静かに答えた。もう、何も抵抗しない。諦めたように。
「お前の処刑は、明朝に執行する」
「明朝……」
お姉様は、静かに呟いた。明日の朝――もうすぐだ。
「分かりました」
その声には、諦めしかなかった。
「待ってください!」
私は、必死に叫んだ。
「お姉様は……お姉様は……!」
「お姉様は悪くないんです!」
「洗脳されていたんです!」
「だから……だから……!」
でも――
「これ以上、何を言っても無駄だ」
レオニス王子は、冷たく私を見つめた。
「決定は覆らない」
「そんな……!」
涙が、溢れてくる。
そして――王子は、私に告げた。
「アミア・ファミル」
「……はい」
私は、震える声で答えた。心臓が、激しく跳ねている。
「お前は一度、女子寮に戻れ」
「……女子寮に……?」
「処刑が終わり次第、退学の手続きをする」
「退学……!?」
頭が、真っ白になった。退学? 私が? どうして?
「どうして……私まで……」
「お前はファミル伯爵家の実の娘であり、ネフェリア・リィエルの義妹として、責任がある」
レオニス王子の声は、冷たかった。
「それに、今回の事件で学園の秩序が乱れた。お前の存在は、その秩序を乱す要因となる」
「そんな……」
涙が溢れた。
私は――何も悪いことをしていないのに。お姉様を助けたかっただけなのに。それなのに――退学?
「アミアさん……」
アメリア様が、私の肩を抱いてくれた。その温もりだけが、私を支えてくれた。
でも――その時。
「……アミア……まで……?」
お姉様の声が、震えた。
私は、お姉様を見た。
お姉様の目に――初めて、強い感情が宿っていた。苦しみ。後悔。そして――絶望。
「アミアまで……巻き込んでしまった……」
お姉様の声が、震える。
「私のせいで……アミアまで……」
お姉様は、両手で頭を抱えた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……アミア……」
「お姉様……」
私は、涙を流しながら、お姉様を見つめた。
お姉様が――こんなに苦しんでいる。
私のことで。
「そして、明朝――処刑が執行される。処刑場は訓練所の近くにある。そこへ来い」
レオニス王子の声は、命令だった。
「これは命令だ。必ず来るように」
「……っ」
私は、何も言えなかった。処刑場――お姉様が処刑される場所に、私も行かなければならない。
そして――王子は、衛兵たちに命じた。
「連れて行け」
「はっ!」
衛兵たちが、牢屋の扉を開ける。
ガチャリ。
重い音が響く。鉄の扉が、軋みながら開いていく。
そして――衛兵たちが、お姉様の腕を掴んだ。
「待って……!」
お姉様は、抵抗しようとした。でも――拘束具で魔力が封じられている。何もできない。
衛兵たちは、容赦なくお姉様を引きずり出す。
「やめて……! お姉様……!」
私は、叫んだ。鉄格子を掴んで、叫んだ。
でも――衛兵たちは、お姉様を連れて行く。
「アミア……!」
お姉様が、私を見た。その赤い瞳には――恐怖と、悲しみと、後悔が溢れていた。
「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」
お姉様の叫び声が、地下牢に響く。
そして――お姉様は、連れて行かれた。
レオニス王子と衛兵たちと共に、螺旋階段へ向かって歩いていく。
「お姉様……!」
私は、叫んだ。
でも――お姉様は、もう振り返らなかった。
ただ――背中だけが、遠ざかっていく。
足音が、遠ざかっていく。
カツ、カツ、カツ……
そして――静寂が、戻った。
「お姉様……お姉様……!」
私は、その場に崩れ落ちた。涙が、止まらない。
お姉様が――明朝、処刑される。
私は――退学になる。
何も――何もできなかった。
「お姉様……!」
私は、泣き崩れた。石の床に手をつき、声を上げて泣いた。
冷たい石の床に、涙が落ちる。でも――誰も答えてくれない。
「アミアさん……」
アメリア様が、そっと私の隣に膝をついた。そして――白いハンカチを、私に差し出してくれた。
「……アメリアさん……」
私は、ハンカチを受け取った。柔らかい布が、涙を拭ってくれる。
でも――涙は止まらなかった。
「アミアさん……辛いですね……」
アメリア様の声は、優しかった。
「でも……今は……一回外に出ましょう」
「……外に……?」
「ええ。ここにいても……辛いだけです」
アメリア様は、私の手を取った。
「少しだけ……休みましょう」
「……はい……」
私は、小さく頷いた。
アメリア様に支えられて、立ち上がる。
足が、震える。でも――アメリア様が、しっかりと支えてくれた。
「さあ、行きましょう」
アメリア様と一緒に、私は地下牢の通路を歩き出した。
お姉様がいた牢屋から――少しずつ、離れていく。
空の牢屋が、並んでいる。冷たい空気が、流れている。
私たちの足音だけが、静かに響いていた。
(……お姉様……)
心の中で、何度も呼びかけた。
でも――もう、お姉様はここにはいない。
処刑場へ――連れて行かれてしまった。
(……明朝……処刑……)
涙が、また溢れてくる。
でも――アメリア様が、優しく私の手を握ってくれた。
「……大丈夫ですよ、アミアさん」
アメリア様の声は、温かかった。
「私が……そばにいますから」
「……アメリアさん……」
私は、アメリア様を見上げた。綺麗な水色の瞳が、優しく私を見つめていた。
(……アメリアさんがいてくれて……本当に……よかった……)
初めて会ったのは、昨日の夜だった。でも――アメリア様は、ずっとそばにいてくれた。
支えてくれた。慰めてくれた。一緒に泣いてくれた。
そして――私たちは、ゆっくりと地下牢の通路を歩いていった。
螺旋階段へ向かって。地上へ。冷たい地下牢から――離れるために。
階段を登り始める。一段、また一段――ゆっくりと。
足音が、石の階段に響く。
(……お姉様……)
心の中で、何度も呼びかけた。
(……明日……会いに行きます……)
(……だから……待っててください……)
涙を流しながら、私は階段を登り続けた。
アメリア様が、ずっと手を握ってくれていた。
そして――ようやく、地上に辿り着いた。
冷たい朝の空気が、頬を撫でる。まだ朝日が昇りきっていない、薄暗い空。
でも――地下牢よりは、ずっと明るい。
「……外……」
私は、小さく呟いた。
「はい。もう大丈夫ですよ」
アメリア様が、優しく微笑む。
「……アメリア様」
私は、アメリア様を見た。
「……いえ……」
私は、少し照れながら言った。
「……アメリアさん……と呼んでもいいですか?」
アメリア様は、少し驚いた顔をした。
「……もちろんです」
そして――嬉しそうに微笑んだ。
「私も……アミアさんのこと……友達だと思っています」
「これからは……アメリアでいいですよ」
「……はい……アメリアさん……」
私は、小さく微笑んだ。涙を流しながら。
こんな辛い時に――でも、アメリアさんがいてくれる。
それだけで――少しだけ、救われた気がした。
「さあ、行きましょう」
アメリアさんが、私の手を握ってくれた。
温かい手。優しい手。
私は――その手を、強く握り返した。
(……アメリアさん……)
心の中で、強く思った。
(……あなたと出会えて……本当に……よかった……)
そして――私たちは、女子寮へ向かって歩き出した。
でも――私の心は、まだ地下牢にあった。
お姉様――
明日、処刑される。
私は――何もできない。
(……本当に……何もできないの……?)
(……お姉様を……救う方法は……ないの……?)
でも――答えは出なかった。
ただ――涙だけが、溢れ続けた。




