表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第三話 偽りを演じた姉の告白

 通路の突き当たり――そこに、一つだけ明かりの灯った牢屋があった。


 鉄格子の向こうに、人影が見える。赤い髪。黒いドレス。


(……お姉様……)


 私は、息を呑んだ。足が、震える。心臓が、激しく跳ねる。


 ここまで来た。ついに――お姉様に会える。


 でも――怖い。


 お姉様が――本当に闇魔法を使ったのか。


 本当に、生徒たちを傷つけたのか。本当に――あの優しいお姉様が、そんなことをしたのか。


「……ネフェリアさん」


 アメリア様が、静かに呼びかけた。

 牢屋の中で、人影が動いた。ゆっくりと顔を上げる。


 そして――私は、息を呑んだ。

 そこにいたのは――私の知っている、優雅で完璧なお姉様ではなかった。


 赤い長髪は乱れ、艶を失っている。頬はこけ、顔色は青白い。


 黒いドレスは、昨夜のパーティーで着ていたものだけど――今は、汚れて皺だらけ。


 そして――赤い瞳は、虚ろだった。


 生気が失われ、光を失った瞳。まるで、魂が抜けてしまったかのような――疲れ果てた顔。


「……お姉……様……」


 私の声は、震えていた。


 こんなに憔悴したお姉様を、見たことがなかった。


 いつも優雅で、美しくて、完璧だったお姉様が――こんな姿になっているなんて。


 ネフェリアお姉様は、無表情のまま私を見た。何も言わない。何も感じていないような――そんな虚ろな目。


 でも――次の瞬間。


 お姉様の表情が、わずかに揺れた。虚ろだった瞳に、一瞬だけ――光が戻った。


 驚き、戸惑い、そして――悲しみ。


「……アミア……?」

 か細い声。震えている声。私の知っている、優しいお姉様の声。


「……どうして……ここに……」

 お姉様の声は、掠れていた。まるで、長い間誰とも話していなかったかのように。


「お姉様……!」

 私は、鉄格子に駆け寄った。両手で格子を掴む。冷たい鉄が、手のひらに食い込む。


「お姉様……本当に……本当にお姉様が……闇魔法を……?」

 涙があふれそうになる。


 でも、今は泣いている場合じゃない。お姉様から、全部聞かなきゃ。


 お姉様は、静かに目を伏せた。そして――小さく、頷いた。


「……ええ。本当よ」

 その声は、諦めに満ちていた。


「私は……闇魔法を使った。そして……生徒たちを傷つけた」

「そんな……」


 胸が、締め付けられる。本当だったんだ。お姉様が――闇魔法を使ったんだ。


「でも……どうして……お姉様は優しい人なのに……」

「優しい……?」


 お姉様は、自嘲するように笑った。悲しそうに、苦しそうに。


「私は……優しくなんてない」


 そして――虚ろな瞳で、私を見つめた。


「全部……嘘だったの。優しい姉を演じていただけ」

「……え……?」


 私は――言葉を失った。演じていた? 嘘だった? どういうこと?


「アミア……聞いて」


 お姉様は、ゆっくりと口を開いた。その声は、震えていた。


「あなたが11歳の時……覚えてる? 王国の城下町の近くの森でピクニックに行った時、魔獣に襲われた時のこと」

「11歳……?」


 私は、記憶を辿った。11歳の時――城下町の森でピクニック?


 でも――何も思い出せない。そんな記憶――ない。


「……覚えていない……?」


 お姉様は、悲しそうに微笑んだ。


「そう……やっぱり、記憶を消されているのね」

「記憶を……消す……?」

「ええ」


 お姉様は、深く息を吸った。そして――震える声で語り始めた。


「あなたが11歳の時……城下町近くの森で魔獣に襲われたの」

「魔獣……?」


 私は、首を傾げた。そんな記憶――ない。魔獣に襲われたなんて、覚えていない。 


「私が……あなたを助けたの」


 お姉様は、震える声で続けた。


「その時……私は14歳だった。お母様と一緒にピクニックに行ったでしょう?」

「あなたが……何かに夢中になって……迷子になったの」

「私が気づいて……お母様やメイドや衛兵の目を盗んで……探しに行ったの」

「そして……あなたが森で魔獣に襲われているのを見つけた」

「黒い魔獣が……あなたに襲いかかろうとしていた」


 お姉様の赤い瞳に、涙が浮かぶ。


「私は……恐怖で身体が動かなかった」

「でも……心の中で叫んだの」

「『アミアがいなくならないで』って」


 お姉様の声が、震える。


「その瞬間……私の手から……黒い魔力が溢れ出た」

「闇魔法……ダークショット」

「無詠唱で……」

「黒い弾丸が、魔獣を貫いた」

「……え?」


 私は、息を呑んだ。


「お姉様が……闇魔法を……?」

「そう……私は……水魔法だけじゃなくて、闇魔法も使えるの」


 お姉様は、悲しそうに微笑んだ。


「でも……シャリアお母様に命令されて、隠していた」

「『絶対に隠しなさい』って……」

「『バレたら、あなたは処刑される』って……」

「……っ」


 私は、言葉を失った。お姉様が――闇魔法使いだったなんて。ずっと、水魔法しか使えないと思っていたのに。


「でも……あの時、私は無意識に使ってしまった」


 お姉様は、目を閉じた。


「あなたを守りたい……その一心で……」

「そして……あなたは助かった」

「でも……あなたは私の闇魔法を見てしまった」


 お姉様は、苦しそうに続けた。


「私は……怖かった」

「あなたが……私を恐れるようになるんじゃないかって」

「シャリアお母様に……闇魔法がバレるんじゃないかって」

「でも……」


 お姉様の声が、さらに震える。


「13歳の時……私が……庭であなたに闇魔法を見せていたの」

「……え……?」

「練習を……見せていたの……」


 お姉様の目から、涙が溢れる。


「あなたに……隠し事をしたくなくて……」

「信頼してくれていたから……」

「だから……見せたの……」

「でも……それを……シャリアお母様に見られた」


 お姉様の声が、震える。


「その日……レオニス様との婚約の密談があったの」

「まだ……公表される前……」

「そして……3日後……」


 お姉様は、両手で顔を覆った。


「シャリアお母様が私に命令したの」

「『アミアに催眠薬を飲ませなさい』って……」

「催眠薬……?」

「私は……断ろうとした」


 お姉様の目から、さらに涙が溢れた。


「でも……シャリアお母様は許してくれなかった」

「『闇魔法がバレたのは、お前のせいだ』って……」

「『アミアを守りたいなら、黙って従いなさい』って……」

「……っ」


 胸が、締め付けられる。シャリアお母様が――お姉様に、そんなことを命令したの?


「それで……私は……あなたに催眠薬入りの紅茶を飲ませた」


 お姉様は、両手で顔をおおった。


「そして……シャリアお母様が暗示をかけて、あなたの記憶を消した」

「11歳の魔獣事件の記憶……」

「13歳の庭の記憶……」

「全部……」

「そして……『ネフェリアは水魔法しか使えない、優しくて完璧な姉』という認識を植え付けた」

「私は……それから……ずっと演じてきた」

「完璧な姉を……」

「シャリアお母様に命令されて……」


 お姉様は、泣き崩れた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……アミア……」

「私……あなたを裏切った……」

「あなたの記憶を奪った……」

「嘘をつき続けた……」

「許されないことをした……」

「……お姉様……」


 私は、涙を流しながら、お姉様を見つめた。

 お姉様が――私の記憶を奪った。催眠薬を飲ませて、記憶を消した。ずっと、嘘をついていた。


 でも――

 その瞬間――頭の奥に、激しい痛みが走った。


「きゃっ……!」


 私は、頭を押さえてうずくまった。


「アミアさん!?」


 アメリア様が、慌てて駆け寄る。

 でも――痛みの中で、何かが見えた。


 フラッシュバック。暗い森。黒い魔獣。牙を剥き出しにした獣が、私に襲いかかろうとしている。

 そして――お姉様の姿。


 お姉様の手から、黒い魔力が溢れ出る。無詠唱で。黒い弾丸――ダークショット。

 魔獣が、黒い弾丸に貫かれて消えていく。


 お姉様が、私を抱きしめてくれる。


「アミア……! アミア……!」

 お姉様の声が、震えている。泣いている。


 そして――別の記憶。

 13歳の私。庭で、シャリアお母様と話している。でも――その記憶は、すぐに途切れる。


 そして――紅茶を飲む。お姉様が、優しく微笑んでいる。


 シャリアお母様の声。

「ネフェリアは、水魔法しか使えない、優しくて完璧な姉よ」

「……あっ……」


 痛みが、少しずつ引いていく。何かが――弾けた。頭の中で、何かが崩れていく。

 暗示が――解けていく。


 でも――記憶は、戻らない。消されているから。完全に、消されている。


 でも――真実は――受け入れられるようになった。


「……お姉様が……闇魔法使いだったこと……」

「私の記憶を消したこと……」

「全部……本当なんですね……」


 私は、震える声で言った。

 お姉様は、泣きながら頷いた。


「……ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……」

「でも……それだけじゃないの」


 お姉様は、さらに続けた。


「最近……私は、ある人に出会った」

「ある人……?」

「詳しくは……言えない。顔も半分しか覚えていない」


 お姉様は、首を振った。困惑したような、恐怖したような表情。


「でも……その人に……洗脳された」

「洗脳……!?」

「ええ。そして……レオニス様を狙うように仕向けられた」


 お姉様の声は、絶望に染まっていた。


「私は……利用されていたの」

「地下図書室で……ある人に会って……」

「黒い炎を……見せられたの……」

「……黒い炎……?」


 私は、息を呑んだ。


「3分間……じっと見つめていたら……」


 お姉様の声が震える。


「心が……変わっていった……」

「誘惑に負けて……性格が変わってしまった……」

「でも……その時は気づかなかった……」

「自分が洗脳されているなんて……」

「……っ」


 私は、言葉を失った。洗脳――お姉様が、洗脳されていた。


「この地下牢で……ようやく……洗脳が解けたの……」


 お姉様は、涙を流しながら続けた。


「そして……全てを思い出した……」

「あの黒い炎が……洗脳魔法だったって……」

「いじめをしたことも……」

「闇魔法を使ったことも……」

「全部……洗脳のせいだったって……」

「そんな……」


 私は――鉄格子越しに、お姉様の手を握った。

 冷たい手。震える手。拘束具がはめられた、傷だらけの手。


「……お姉様……」


 私は、涙を流しながら言った。


「お姉様は……悪くないです……」

「……え?」

 お姉様が、驚いた顔で私を見た。

「お姉様は……洗脳されていた……」

「シャリアお母様に命令されていた……」

「お姉様は……被害者です……」

 私は、お姉様の手を強く握った。

「だから……自分を責めないでください……」

「アミア……」


 お姉様の目から、さらに涙が溢れた。


「ありがとう……アミア……」

「でも……私は……あなたに……」

「いいんです」


 私は、微笑んだ。涙を流しながら。


「お姉様は……いつも私を守ってくれた……」

「11歳の時も……『アミアがいなくならないで』って……私のことを想ってくれた……」

「それは……本当ですよね?」

「……ええ……」


 お姉様は、泣きながら頷いた。


「あなたのことは……本当に愛していた……」

「今も……これからも……」

「……お姉様……」


 私は、涙を流しながら、お姉様を抱きしめようとした。


 でも――鉄格子が、邪魔をする。触れることができない。


 ただ――手を握ることしかできない。


「……アミア……」

 お姉様は、か細い声で言った。

「あなたと……出会えて……」

「妹になれて……」

「本当に……よかった……」

「お姉様……」


 私は、泣き崩れた。

 アメリア様が、そっと私の肩に手を置いてくれた。その温もりが、震える心を支えてくれた。


 その時――

「そこまでだ」

 冷たい声が、地下牢に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ