第25話 隠された訓練場と、導く師への約束
ハーヴェー様に「治癒魔法を決して王族には見せない」と誓いの言葉を口にしながらも、私の頭の中では、先ほどミリアナさんから聞いた『幻級魔法』の真実が、警鐘のように鳴り響いていた。
(……人々に幻を見せたり、本物そっくりの幻影を作り出す魔法。そして、無詠唱で重い制約……)
脳裏に浮かぶのは、一周目の最期に出会った緑髪の暗殺者、シャドウの不気味な姿だ。
彼が操っていた、相手の才能や魔力を見抜く魔眼、空間を無視する異常な移動能力、そして記憶を操作する無魔法。あれらもまた、幻級魔法の一種なのだろうか?
(……そういえば……!)
あの男は、黒い炎を出す時も、記憶を封じる時も、そして何もない空間から透明な刃を放つ時も――ただの一度も『詠唱』をしていなかった。
あれは、魔法の腕が良いから無詠唱だったんじゃない。その力自体が、詠唱を必要としない『幻級魔法』の性質を持っていたからだ。
そして――私自身が死の淵で無意識に発動させ、過去へと戻ってきたあの奇跡も、詠唱などしていなかった。
さらに、もう一つ。
一周目の記憶が蘇る。十五歳で行われた学園の『魔力選定の儀』。
そこで私は、第二属性として『光魔法』の素養が判明し、周囲の大人たちを騒然とさせた。しかし、その直後の魔力回路の精査で「魔力量が極めて少なく、肝心の適性も著しく低い」とされ、結局「期待外れのなり損ない」という烙印を押された。
私を政治の道具にできないと悟ったシャリアからは見限られ、当時はその評価に絶望し、微弱な火魔法の練習に縋るしかなかった。
けれど、今ならわかる。
ハーヴェー様が言っていた通り、母アミィエルは光魔法の先にある『治癒魔法』を覚醒させた。
そして当然、この国の王族も「光魔法使いの先には、治癒魔法という幻級の力がある」という事実を知識として知っているのだ。
だからこそ、一周目でシャドウは私を殺す直前にこう言ったのだ。
『そんな伝説の力を持っていると知れれば、この国の王族が黙っていない。国宝として厳重に保護するに決まっている。国家の最重要保護対象になんてなられたら、非常に仕事がしにくい』と。
もし、私が王族の前で治癒魔法を使えると知られれば。
「国宝」という名目で王城に幽閉され、母アミィエルと同じように、国益のための道具として一生駆り出されることになる。
自由を奪われ、最悪の場合、あの冷徹なレオニス王子によって私自身の意思とは無関係に利用され尽くすだろう。
(……それに……!)
一周目の地下牢で、お姉様が懺悔するように語ってくれた真実を思い出す。
お姉様とレオニス王子の婚約は、お姉様が学園に入学してわずか三日目に、シャリアと王家の政略的な密約によって勝手に決められたものだった。
そして私が十五歳で『なり損ない』と判定された時、お姉様は心の底から安堵していたのだ。
『もしあなたが優秀な光魔法使いだと認定されたら、王家は間違いなく私を捨てて、あなたをレオニス様の婚約者にしたでしょう。……だから、あなたがなり損ないだと分かった時、これでアミアは自由でいられる、泥を被るのは私一人で十分だと思った』と。
お姉様は、冷酷な王子の隣で完璧な姉を演じ、陰湿ないじめや孤独に耐えながら、「私でよかった」と私のために一人で泥を被り続けてくれていたのだ。
もし今、私が強大な『光魔法』の使い手だと王家にバレれば、私は道具として縛られ、お姉様がご自身の心を削ってまで守ってくれた私の『自由』が奪われてしまう。
それだけじゃない。私を庇うために、お姉様はさらに過酷な犠牲を強いられるに決まっている。
(……だから、絶対に隠し通さなければならない)
数日前に自室で書いた『作戦計画書』の項目を、心の中で強く復唱する。
――計画の第4項、『レオニス王子との婚約阻止』。
――そして第6項、『自身の力(光と火)と、幻級魔法の徹底秘匿』。
シャリアお母様には「火魔法の早期発現」と偽装し、王族や学園には一周目と同じように「光魔法のなり損ない」を演じ切る。誰にも知られず、この地下深くのような誰の目も届かない場所でだけ、私の真の力――「治癒」と「精神防壁(光の加護)」を研ぎ澄ませるのだ。
――そして、さっきミリアナさんが教えてくれた『王立図書館』の存在。
私が見つけられなかった「精神支配の対抗手段」や、「シャドウの異常な能力の正体」、そして「幻級魔法の制約」……私が生き残るための答えは、きっとその禁書の中にある。
(……頭の中の計画書に、第7項を追加だわ。『王城奥深くの王立図書館への潜入と、禁書の解読』……!)
今はまだ遠い場所だけれど、いつか必ず辿り着いてみせる。
「アミア様。あなたは強くなりたいと言いましたね。お姉様を守るために」
ハーヴェー様の声で、私は思考から引き戻された。
「はい!」
私はハーヴェー様を真っ直ぐに見つめた。
「分かりました。ならば――協力しましょう。かつて、アミィエルが光魔法の訓練をしていた場所へ、案内します」
ハーヴェー様は歩き出した。
地下図書室の最奥。本棚の行き止まりへ。そこには、古い石像が立っていた。
ハーヴェー様がその石像の瞳に手をかざす。
カチッ。
小さな音が響き、石像の瞳に埋め込まれた魔石が淡く光る。ゴゴゴゴゴ……と重い音を立てて、巨大な本棚がスライドし、隠された階段が現れた。
「この先が、地下訓練場です。……そして、君たちが本当にその特異な力を極め、運命に立ち向かう覚悟があるのなら」
ハーヴェー様は振り返り、私たちに力強く告げた。
「アミィエルへの……私からのせめてもの償いとして。そして、ジェック殿の事件の真相に近づくためにも。君たちの良き『師』となってくれるであろう人物……先ほどミリアナも名前を出した、彼女の姉であるレイフェに会えるように手配してあげましょう」
「レイフェ……さん……?」
(元副団長の、レイフェさん……!)
「ええ。彼女なら、光と闇……その強大すぎる力を制御する術を、正しく導いてくれるはずです」
「さあ、行きましょう」
ハーヴェー様が灯り用の魔石を手に取り、階段を降り始めた。少し体調が戻ったミリアナさんも、ふらつきながら続く。
「……行こう、アミア」
「……はい、お姉様」
私たちは――階段を降り始めた。
母の足跡を辿るように。
そして――私たちが生き残るための「力」を求めて、新たな師となる人物が待つ、より深い闇の底へ。




