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処刑された『闇魔法使い』の姉を救うため、死に戻った『光魔法使い』の妹は運命に抗う ~役立たずと捨てられた義妹ですが、今度は絶対に守り抜きます~  作者: 東明時裕夜
第三章 闇魔法の理解者と地下図書室の秘密

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第22話 未来を変える知識を求めて図書室へ

 朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。

 私は、ベッドの上で目を覚ました。


「……ん……」


 身体を起こす。頭が、少し重い。

 ぼんやりとした意識の中で、昨日の午後の出来事が脳裏に蘇る。

 シャリアが外出した千載一遇のチャンス。地下室へ潜入する絶好の機会。

 でも――新しく来たメイド長マリアベルが現れた。

 笑顔の仮面を被ったあの女に、部屋を隅々まで調べられ、釘を刺され、結局何もできなかった。


(……証拠が……見つからなかった……)


 私は、唇を噛み締める。

 悔しい。あんなに近くまで行けたのに。シャリアの部屋や地下の秘密に迫れたかもしれないのに。


 相手は私の動きを読んでいた。完全に後手に回ってしまったのだ。

 マリアベルはシャリアの手先だ。私の監視はこれから更に厳しくなるだろう。

 今、無理に動けば自滅するだけだ。一度でも疑われたら、もう終わってしまうのだから。


(……一旦、様子を見よう。守りを固めないと)


 私は小さく息を吐いた。


 今の私には、力がない。権力も、証拠を見つける技術も、そして――もしもの時に戦う力も。


 一周目の凄惨せいさんな記憶が、唐突に脳裏へ蘇る。


 地下牢で、無力に死んでいった自分。

 お姉様が処刑されて――アメリアさんが死んで――私も死んだ。 

 全部、私が弱かったから。


(……お姉様は……洗脳されていた……)


 脳裏に、お姉様から聞いた悲劇の記憶と、あの悪魔の種明かしが浮かぶ。


 魔法学園の地下図書室。

 誰もいない、静かな場所。夕暮れ時。

 お姉様が一人で泣いていたところに、『変装の指輪』で黒髪の執事に化けたあの男が現れた。


 毒々しい緑色の髪と、毒蛇のような魔眼を隠し持った暗殺者――シャドウ。

 彼は言葉巧みにお姉様の心の闇を見抜き、そして精神干渉の無魔法である『黒い炎』を見せた。

 たった三分間で、お姉様は心を壊され、洗脳された。


(……地下図書室……)


 お姉様が洗脳された場所。すべての始まりの場所。

 拳を、強く握りしめる。

 もし、そこにシャドウがいたら?

 まだ物語は始まっていないはずだけど、あの小柄な男は神出鬼没だ。

 でも――恐れていては、何も変わらない。


(……二周目は違う。逃げていては、未来は変えられない)


 敵を知り、魔法を知り、対抗手段を見つける。そのためには、知識が必要だ。

 実技の練習はメイドの目があって難しい。なら、まずは知識を得ればいい。

 本を読めば、新しい魔法を知ることができる。戦い方を学ぶことができる。

 光魔法のことも、治癒魔法のことも。


(……そうだ……地下図書室に行こう……)


 私はベットから立ち上がった。

 魔法学園の裏手にある、広大な地下図書館。貴族や魔法学園の生徒なら、誰でも利用できる場所だ。


 そこなら、誰にも邪魔されずに本を読める。知識を得られる。

 強くなるための――第一歩。

 私は決意を固め、着替えを始めた。

 白い寝間着を脱ぎ捨て、青と赤の貴族らしい私服に袖を通す。ボタンを一つ一つ、丁寧に留めていく。


 鏡の前で髪を整え、自分の顔を見つめる。


 十一歳の、幼い顔。でも、その瞳には決して消えない意志の火を灯して。

 そして、クローゼットの奥から革製の小さな鞄を取り出した。

 中には筆記用具と、隠し持っていた白紙の羊皮紙を入れる。


 学んだ知識を書き留めるためだ。特に、光魔法や治癒魔法に関する情報は、頭の中だけでなく記録に残しておきたい。


 鞄を肩にかけ、私は部屋を出た。

 静かな廊下。まだ朝早いから、他の家族は部屋にいるようだ。

 私は足音を忍ばせて階段を降り、一階へ。そして玄関へ向かおうとした。


 その時。


「アミア」


 後ろから、声がした。

 ビクリとして振り返ると――そこには、お姉様が立っていた。


「……お姉様……」


 ネフェリアお姉様。

 赤と白の貴族らしい外出着に身を包み、ボタンがきちんと留められている。いつもの優雅な姿。

 でも、その表情はどこか少し、神経質になっているように見えた。


「おはよう、アミア」  


 お姉様が、私を見て安堵したように微笑む。そして、私の肩にかかった鞄に視線を落とした。


「おはようございます……」 

「どこへ行くの? アミア。鞄を持って」


 お姉様が不思議そうに首を傾げる。

 朝早くから外出着に着替え、鞄まで持っている私を見て、少し驚いたようだ。


「……あの……地下図書室に……」


 私は正直に答えた。お姉様に嘘をつく理由はない。


「地下図書室?」

「はい……魔法の勉強を……したくて……」


 私は鞄の紐をギュッと握りしめて答えた。

 お姉様はハッとした顔をして、それから真剣な眼差しになった。

 あの森での出来事――私たちが魔獣を前に「力不足」で死にかけた記憶が蘇ったのだろう。


「……一緒に行ってもいい?」

「……え?」


 私は驚いた。お姉様が、一緒に?  


「私も……調べたいことがあるの」


 お姉様が静かに言った。

 きっと、自身の「闇魔法」のことだ。自分が何者なのか、その力がどれほど危険なのかを知ろうとしている。


「それに――アミアを一人で行かせるなんて、できないわ」


 お姉様の目が、強く私を見つめる。


「あんなことがあったばかりだもの。……私が守らなきゃ」


 その言葉には、切実な響きがあった。

 あの森の中で私が襲われた時、お姉様は絶叫していた。

 もう二度と、私を危険な目に遭わせたくないという、悲痛なまでの決意。


(……お姉様……)


 私は少し迷ったけれど、すぐに頷いた。


(……お姉様と一緒なら、心強い……) 

「……はい……一緒に行きましょう……」


 お姉様が嬉しそうに微笑む。


「ありがとう、アミア」


 お姉様はそう言って、ふと思いついたように付け加えた。


「でも、その前にお母様に許可を取らないとね」

「……お母様に……?」


 私の身体が強張る。シャリアに?


「ええ。地下図書室に行くなら、ちゃんと報告しておかないと。勝手に出かけたら、またマリアベルに見つかってしまうわ」


 お姉様は優しく、けれど諭すように言った。


(……そうか……お姉様は、マリアベルの監視の厳しさを理解しているんだ……) 


 ここでこっそり出かければ、逆に怪しまれる。

 堂々と許可を得るのが正解だ。


「……はい……そうですね」


 私は頷いた。

 お姉様と私は、シャリアの部屋に向かった。

 扉の前に立ち、お姉様がノックする。


 コンコン。


「お母様、入ってもよろしいですか?」

「……どうぞ」 


 中から、氷のように冷たい声が聞こえた。

 お姉様が扉を開ける。 

 部屋の中には――シャリアが、書類を見ながら座っていた。

 赤い髪。感情の読めない冷たい目。

 その視線が、私とお姉様に向けられる。


「何か用? ネフェリア」

「はい。アミアと二人で、地下図書室に行きたいのですが……よろしいでしょうか」


 お姉様が、丁寧に尋ねる。

 シャリアは、少しだけ視線を上げた。私を見る。そして、お姉様を見る。

 値踏みするような、不快な沈黙。


「……地下図書室?」

「はい。魔法の勉強のために。アミアも、先日の魔法についてもっと知りたいと言っていますので」


 お姉様が答える。


 シャリアは、数秒、黙っていた。羽ペンの先で、コツ、コツと机を叩く音がやけに大きく響く。


(……許可……してくれるかな……)


 私は緊張で喉が鳴るのを必死に抑えた。

 昨日、マリアベルを使ってあれだけ警戒しておいて、今日外出を許すだろうか。


「……構わないわ」


 シャリアは、冷たく、あっさりと答えた。


「でも――日が暮れる前には帰ってきなさい。それと、アミア」


 鋭い視線が私を刺す。


「あまり無理な魔法の練習は控えるのよ? 図書室の本を読むだけになさい」

「はい、ありがとうございます……」


 私は慌てて頭を下げた。


「余計なことをするな。お前の行動は把握しているぞ」という警告だ。


「行きなさい」


 シャリアは、もう興味を失ったように書類に目を戻した。

 部屋を出て、扉を閉める。

 廊下に戻った瞬間、お姉様が小さくため息をついた。

 繋いだ手が、じっとりと汗ばんでいる。


「……よかった……許可が下りて……」

「……お姉様……」


 いつもこんな風に、実の母親の顔色を窺って生きているお姉様を見て、私は胸が痛んだ。


「じゃあ、行きましょう」 


 お姉様が、私の手を引き直した。

 その手は震えていたけれど、私を導く力は強かった。


 ***


 私たちは屋敷を出て、朝の城下町を歩いた。

 今回は護衛として、メイドのリリナさんがついてきてくれている。

 私と、お姉様。そして一歩後ろを歩くリリナさん。

 屋敷から王城までは徒歩で十分ほど。朝日が私たちを照らし、道行く人々が会釈をして通り過ぎていく。 


「アミア」


 お姉様が、静かに話しかけてきた。


「……はい?」 

「最近……頑張っているわね」


 お姉様の声は、どこまでも優しかった。


「……え……?」

「魔法の勉強を頑張ろうとしている。お母様の顔色を伺ったり、私のことを気遣ったり……」


 お姉様が、微笑む。


「お姉様として……嬉しいわ。でも――」


 お姉様は、私の目を覗き込んだ。


「無理はしないでね。アミアは、まだ十一歳なんだから」

「……」


 私は言葉に詰まった。

 十一歳。子供。

 お姉様は、私を守るべき存在だと思ってくれている。


(……でも、お姉様……)


 私は、あの森でのことを思い出した。

 魔力を使い果たして倒れたお姉様を背負い、洞窟まで運んだ時の重みを。

 足が震え、息が切れ、それでも絶対に離さないと歯を食いしばって歩いた距離を。


(……私は、ただ守られるだけの子供じゃありません……)


 十一歳の身体だとしても、中身は一度絶望を味わった魂だ。

 お姉様を背負って歩けるくらいには、覚悟を決めている。


「……はい、無理はしません」


 私は、嘘にならないように答えた。

 無理はしない。けれど、無茶はするつもりだ。そうしなきゃ、この残酷な運命には勝てないから。


 そして――前方に、巨大な王城の門が見えてきた。

 私たちは門をくぐり、広い中庭を歩く。

 王城の敷地内を歩きながら、私はふと遠くの景色に目を向けた。


(……あそこは……)


 視界の端に、一周目で私が暮らしていた魔法学園の淑女棟が見える。その向こうには、あの凄惨な断罪劇が繰り広げられたレオニス王子の華やかな屋敷。


 そして――王城の北側にそびえ立つ、忌まわしい地下牢の監視塔のシルエット。


 全てが、一周目の記憶のままだ。

 でも、今はまだ誰も死んでいない。あのおぞましい未来は、まだどこにも存在していない。


「失礼します。地下図書室を利用させていただきたいのですが」


 お姉様が衛兵に声をかけ、公爵家の紋章が入った通行証を提示した。

 衛兵は通行証の紋章と、お姉様の顔を確認すると、背筋を伸ばして敬礼した。


「リィエル公爵家のネフェリア様。そして……妹君のアミア様ですね。確認いたしました。どうぞ、お通りください」


 公爵令嬢であるお姉様と、その連れ子(ファミル伯爵家の娘)である私。

 衛兵の視線には明らかな温度差があったけれど、お姉様が一緒だからこそ、私もスムーズに通れたのだ。一人だったら、もっと詳しく尋問されていたかもしれない。


「それではお嬢様方、私はここまでお送りいたします。後ほど、またお迎えにあがりますね」

「ありがとう、リリナ。お願いね」

「はい、リリナさん」


 私たちが答えると、リリナさんはにっこりと微笑み、一礼して去っていった。 

 私たちは中庭を抜け、魔法学園の裏手へと向かった。


 校舎の裏側。木々に囲まれた静かな場所に、ポツンと建つ古い石造りの建物があった。

 小さなお堂のような、歴史を感じさせる建物。


「ここよ。この建物が、地下への入り口なの」


 お姉様が静かに言った。


「……ここが……」


 私は緊張していた。

 一周目では、来たことがなかった場所。けれど、お姉様から聞いていた場所。


(……ここが……お姉様が洗脳された場所……)


 背筋に冷たいものが走る。

 夕暮れ時の誰もいない地下図書室で、お姉様は「シャドウ」と出会い、心を壊された。

 ここは、すべての悲劇の引き金となった因縁の場所なのだ。


(……もしかしたら……シャドウがいるかもしれない……)


 私は無意識にお姉様の袖を掴んでいた。

 怖い。でも、逃げるわけにはいかない。


(……知識を得るために……)

(……ここを乗り越えなきゃ……未来は変わらない……)


 私は強く誓った。

 お姉様が、建物の重厚な木の扉を押し開ける。


 ギィ――

 重い音が響く。

 中に入ると、すぐに下へ続く長い螺旋階段があった。

 壁の松明だけが頼りの、暗い階段。


「さあ、行きましょう」


 お姉様が先に立ち、階段を降り始める。私もその後ろを、ゆっくりと降りていく。


 カツ、カツ、カツ。


 足音が、石の階段に響く。どんどん、深く、暗く、降りていく。

 そして、階段を降りきった。


 目の前には、さらに大きな両開きの扉があった。

 お姉様がその扉を開ける。

 そして――私たちは、地下図書室に入った。


「……わぁ……」


 私は思わず声を上げた。


 広い――本当に広い。

 天井は高く、壁一面に本棚が並んでいる。無数の本。古い魔法書。歴史書。ひんやりとした空気に、古い羊皮紙とインクの匂いが混ざり合って漂っている。

 全てが、ここにある。


「すごい……でしょう?」


 お姉様が微笑む。


「私も、初めて来た時は驚いたわ」

「……はい……」


 私は圧倒されていた。こんなに多くの本があるなんて。

 そして、同時に安堵した。

 今のところ、怪しい男の姿はない。静寂だけが広がっている。


(……ここなら……)

(……きっと……役立つ知識が見つかる……)


 私は強く思った。

 この場所が、お姉様を狂わせた場所なら。

 今度は私が、この場所で「お姉様を救う力」を見つけてみせる。


 そして――「シャドウを攻略する鍵」も。

 一周目の死の間際。私の過去を強制的に覗こうとした『右の魔眼』と、私の精神を支配しようと迫り、光の加護に弾かれた無魔法『黒い炎の洗脳』。そして――影から吐き出され、私の炎を音もなく吸い込んで身体を貫いた『透明な冷たい刃』。


 だから、調べなければならない。

 あの得体の知れない冷刃を完全に溶かし、相殺できるほどの『高火力の火魔法』を。


 ――たとえそれがシャリアの目を欺くための「隠れ蓑」だとしても、奴を殺すための武器になるのは間違いないのだから。


 そして何より、突き止めたい感覚がある。

 あの森でレッドウルフと対峙した時、私の内側で起きた不可解な現象。


 死の恐怖ですくんでいた心が、光魔法を放った瞬間に――まるで冷水を浴びたように冴え渡り、一切の感情がいだあの感覚。


(……泥のような恐怖が、光で洗い流されるようだった……)


 あれが、シャドウの忌み嫌っていた「光の加護」の兆候なのだろうか?


 一周目であの悪魔の洗脳(黒い炎)を見えない壁で弾き返した、精神干渉への絶対耐性。今の私がまだ『未覚醒』だとしても……光魔法を行使するその瞬間だけは、私の精神は「何者にも侵されない聖域」と化すのかもしれない。


(……もし、その仮説が正しいなら……)


 この「聖域」の理屈を解明し、自在に引き出せるようになれば――私はシャドウの洗脳を無効化する「天敵アンチ」になれる。


 そして、もしかしたら……お姉様の心も守れるかもしれない。

 でも、今の私にはまだその力はない。だからこそ、知識が必要なんだ。


「さあ、何を調べるの?」


 お姉様が優しく尋ねる。

 まだ、マリアベルの監視や、誰が聞いているかわからない。

 私は、お姉様と視線を合わせた。

 ここでボロを出すわけにはいかない。あの夜、お母様の前でついた「嘘」を、ここでも貫き通す。


(……氷を砕く火。精神を守る光の理屈。そして……)


 何よりも、手に入れなければならない力がある。

 『治癒魔法』。

 脳裏に焼き付いている、あの光景。

 私の腕の中で、血に染まって冷たくなっていったアメリアさん。

 透明な刃で貫かれた傷口を、私はただ手で押さえることしかできなかった。溢れ出る血を止めるすべを、私は持っていなかった。


(……もし、あの時……私に「治す力」があったなら……)


 アメリアさんは死なずに済んだかもしれない。

 お姉様が処刑された後、私も無力に殺されることはなかったかもしれない。


 そして――お父様も。


 シャドウは、あざ笑うように言っていた。

 『魔法を使った暗示なら、光の加護を持つ君には弾かれたかもしれない。だが、毒や薬による物理的に肉体を蝕むことまでは防げない』と。


 お父様をあんな操り人形から、元の優しいお父様に戻すには、脳に染み付いたヒプノ草の毒そのものを物理的に浄化しなければならない。それには、並大抵の魔法じゃ足りない。


 シャドウは言った。『光魔法には先がある。それは治癒魔法だ』と。

 傷を癒やし、毒を消し、死の淵から人を引き戻す「幻級魔法ファントム・クラスマジック」。


 この先の未来、また誰かが傷つくかもしれない。

 お姉様が、アメリアさんが、また私の目の前で血を流す日が来るかもしれない。


 お父様が、毒に蝕まれたまま二度と戻らないかもしれない。

 そんな時――二度と、ただ泣いているだけの無力な子供ではいたくない。


(……絶対に、習得する……)

(……死神の手から、大切な人を奪い返すために……)

「……あの……火魔法について……です……」


 私は、誰が聞いているかわからないこの場所で、あえてお母様に報告した『架空のストーリー』をなぞって、はっきりと答えた。


「この前、魔獣に襲われた時に出た火魔法のことを……もっと知りたくて……ちゃんと制御できるようになりたくて……」


 一瞬、お姉様はきょとんとした顔をした。あの森で私が火魔法など使っていないことを、一番よく知っているのはお姉様自身だからだ。


 けれど、私の真剣な視線と、少し張った声に込められた『警戒』のサインにすぐに気がついた。

 お姉様は周囲の気配をわずかに探る素振りを見せ――そして、完璧な姉の顔で優しく微笑んだ。


「そう……」


 お姉様は、私の意図を完全に察して静かに頷く。


「いいわね。じゃあ、火魔法の本を探しましょう」


 ――『魔獣の襲撃で突然目覚めた』というのは、お母様を欺くための嘘のシナリオだ。

 けれど、私の中に眠るこの本物の『火』を極め、シャドウの放つ『透明な冷刃』を溶かすすべをここで探し出すのは、生存のための真実でもある。


 私の「光」と、お姉様の「闇」。

 そして、最大の隠れ蓑であり武器となる「火」。

 私たちを縛る死の運命をねじ伏せるための全ての知識を。

 私は、この場所で貪欲に吸収し、私の血肉に変えてみせる。


 お姉様が、私の手を取った。

 そして――私たちは、本棚の間を歩き始めた。

 静かな地下図書室。本の匂い。古い紙の匂い。


 私は――強く誓った。

 ここで、未来を変えるための知識を手に入れるのだと。

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